さむいなぁ、さむいなぁと少し赤くなった指先に息を吹きかけているあなたのその手を取れる勇気がわたくしにあったらいいのにとは思うのだけれど、如何せん羞恥心やら臆病な心やらがわたくしの左手を石にでも変えてしまったかのようにがっちりと凍りつかせて動かすことができない。コートのポケットに突っ込んだ自分の手が、手のひらが、まるで今が真夏であるかのようにじっとりと汗ばんでいるのがわかる。ねぇノボリさん、今日寒くないですか、くるりと振り返ってわたくしに視線を投げかける彼女と目が一瞬ばちっと合って、そしたら脊髄に電流でも走ったみたいに全身が硬直した。一瞬。

そうですね、今日はとても寒いです。もごもごと口の中で呟いて、努めて自然に見えるようにしながらマフラーを鼻先まで引っ張り上げた。正直彼女の顔を直視できない。言葉を交わしただけなのにどくどくとうるさく心臓が跳ねている。彼女がわたくしのこめかみあたりを眺めているのを感じた。じりじり、そんなはずないのに、彼女の視線に焼けるような熱さを覚える。それがまったく不快でなく、むしろ心地いい熱なので、自分も大概マゾヒストだと思った。

ノボリさん、ノボリさん、手借りてもいいですか。わたくしの了承を待たずに彼女がポケットへ手を突っ込んできたので、今日こそ本当に死ぬかと思った。死因は多分心臓を酷使しすぎた結果の心停止とか、そんな感じだろう。きっとそんな死に方をした人は今までいないと思うから、わたくしが症例第一号ですね。そんならどんな病名がつくでしょうか。ラブシックネス?いいや、それは恋煩いだ。けど間違ってはいないな。ではわたくしのこの今にも抑えられなくなりそうな想いは、万人が経験するありふれた恋なのか?人類は皆こんな苦しい恋心を抱えて生きているのか?恋とは、愛とは…。そんなくだらない考えに脳を働かせていなくてはどうにかなってしまいそう。彼女の冷たい指先が、恐らくとてもあたたかいであろうわたくしの手のひらに触れる。体が強張ったのは触れた指が冷たかったからではない。ばくんばくんとこれ以上ないくらい必死で拍動を繰り返す心臓、からからに乾く喉、真っ白に思考を塗りつぶされていく。そうだ、人類が何度も繰り返し経験してきたことだ。わたくしにできないはずがない。

がちがちに固まってうまく動かせない左手で、彼女の小さな手を包み込んだ。彼女は一瞬驚いたように目を見開くと、照れたようにはにかんで目を伏せた。わたくしは一層恥ずかしくなってしまって、ただでさえマフラーに半分埋もれている自分の顔を隠すべく帽子の鍔をぐいと引いた。そんな冬の午後。





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