シュー、シュー、と規則正しい音が白い無機質な部屋に響く。


体のいたるところを細い管でたくさんの器械と繋がれている小さな体は包帯でぐるぐるに巻かれていて痛々しい。何て頼りないんだろう。彼女の口元を覆うプラスチックの透明なマスクが呼吸するたび白く曇って、それでやっと生きてるんだってわかるけど、それだけだ。ピッ、ピッと静かに響く電子音だとか、それに合わせて緑の波が現れる黒い画面だとか、そんなのじゃ彼女が生きてる安心感なんか得られない。体温のない細っこい指と自分の指を絡めてみたけど、握り返してくれる力なんて感じられなかった。当然だ。彼女は眠っているのだから。


そう、眠っているだけなのだ。彼女は。
いつどうなるかもわからない状態だけど、それでも確かに生きている。生きてる。シュー、シュー、呼吸音、ちゃんと、する。


…けど、それは決して彼女自身の音じゃないのだ。ここに繋がれてる機械全部、これで彼女はやっとながらえてるだけなのだ。例えば僕がもしここでマスクのチューブをふんづけたとして、それで簡単に彼女はいなくなってしまえるのだ。そんなのって、生きてるって、いうの?じわじわ、僕の視界がぼやけて彼女の姿が白のシーツに滲んでいく。打撲痕の残る白い腕もガーゼの貼ってある血の気の失せた頬も。つっと涙が落ちる感覚がして、片方の視界がクリアになった。


ピッ、 ピッ、 ピッ、


波を刻む間隔がゆっくりになってる。もしかしたら僕の気のせいかもしれないけど。君が起きないから、僕は最近ずっと長くてつまんない一日を送ってるよ。君がいないと24時間がすっごく遅いんだ。これって相対性理論?違う?まぁどうでもいいけど。
もしこのまま君が死んじゃったりしたら、僕、きっと残りの人生耐えられないよ。君がいなきゃしょうがない。何もかも。




ピッ、  ピッ、
あぁ、君の心臓の拍動がいよいよ弱弱しくなってきた。


ポケットからそっと剥き身の果物ナイフを取り出す。首、だと血が君に掛っちゃうかな、胸にしようか。あ、でも力が緩んでうまく刺せないかもしれない。じゃあ、やっぱり首かな。ひやっとした細い先端を首筋に押し当てたら、ぷつっと皮の切れる感触があった。痛くはない。


彼女の頬に顔を寄せてみたけど、君の意思とは無関係に呼吸を強要するマスクが邪魔で、これじゃあキスもできやしない。窮屈そうなバンドを外してその透明なプラスチックを取ってあげたら、やっと僕の大好きな君の顔をちゃんと見ることができた。白っぽくなってしまっている唇はかさかさで、あぁ、痛そう。かわいそうだ。指でなぞった後ゆっくり口づけた。その唇から洩れ出す呼吸はもうない。心音も、どんどん弱く小さくなっていく。


彼女の冷たい手をぎゅっと握って、僕はナイフを横に滑らせた。途端ふきだす赤い液体が彼女の頬に胸に飛び散る。唇に付着した一滴を震える指で拭うと、赤い色がのびてなんだか口紅をさしたようだった。


ぴ、     ぴ、     
彼女の心臓の動きを知らせる波も僕にはぼやけて滲んで、よく見えない。体に力が入らないから彼女のベッドに突っ伏してしまった。それでも絶対につないだ手は離さない。


白む意識の一番最後に、彼女が手を握り返してくれた気がした。きっとただの妄想。






君に置いていかれるのが何よりも怖いので僕はちょっぴり先にいきます。君が来たとき一番に抱きしめてあげるから安心してね。





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