情けない
ぴっと何かが引っかかったような感触のあと続けて熱を帯びるその場所に、痛みこそ大したこと無いもののぞわっと鳥肌が立った。遅れて線のように浮き上がる赤色。じんわりと嫌な汗が噴き出てくる。切った。
「く、クダリー!」
「!?うえ、なに、ノボリどうしたの?」
「きった、切りました、指」
「……は?あ、ほんとだ」
「うぅぅ痛いです」
「ちょっとじゃん…」
「紙で切ったんですよ?!紙で切れたんですよ!?」
「あーうん、そうだね紙でたまに切れるよね」
ばんそうこうどこかなーだなんて暢気にかたかたと引き出しを漁る弟を横目にティッシュを数枚取って患部に押し当てる。じわじわ染みてくる赤色が気持ち悪い。刃物でもあるまいし紙で切れるとはどういうことでしょう!わけが分かりません!
「あれー?ノボリ、バンソコどこだっけ」
「救急箱の中では」
「ん……あ、ないや。からっぽだ」
「なんですって!」
「切れちゃってるみたいだね」
ほらね、とクダリが逆さに振って見せる紙箱の、なるほどその中には目当てのものは入っていなかった。どうして常備しておかないのですか。何かあった時に困るでしょう!しかしどうしましょうわたくしこのままずっと指にティッシュを押さえつけておかなくてはいけないのでしょうか。「とりあえず消毒しとく?」消毒薬の入ったボトルの、青いキャップを外しながらクダリが言う。「それ染みるから嫌いです!」「わがまま言わないの」はぁいティッシュどけてーと笑うクダリは悪魔です。悪魔に違いない。
「あらら?ノボリさんお怪我ですか?」
「なまえ。おつかれー…あ、ねぇ絆創膏持ってない?」
「ばんそうこう?もってますよ。えーと……あ、ほら。どうぞ」
「ありがとうございます」
あー待って、ノボリ消毒してから!不満気味にぶうたれるクダリの言葉を聞かずぺりりと外紙を剥いで、……チラーミィプリントですって…!これを自分がつけるのはいささか抵抗がある。ちらりとなまえを見たら申し訳なさそうに笑っていた。「いやぁすみません、ちっちゃいこ用に持ってたやつしかなくって」どうやらわたくしを辱めようだとかそういった意図はないようである。失礼な深読みをしてしまった。
「左手でばんそこ貼れる?ノボリ」
「あ、私やりましょうか」
「いや大丈夫です」
「貼って貰いなよノボリ、不器用な癖に。僕コーヒー淹れてくる」
はいじゃあ指出して下さいとなまえはわたくしの手から絆創膏を抜き取る。血でまだらに染まったティッシュをゴミ箱へ放り投げて右手を差し出す。あらー紙にしては深く切りましたねぇだなんてなんてことのないようにぺりぺりテープに付いた紙をはがすなまえが信じがたい。
「なまえ、血とか気持ち悪くならないんですか…?」
「え?」
「血…平気なんですか、なまえは」
「あー、なるほど…いやー私はまったく大丈夫ですねー」
「そ、そうですか」
男なのに格好悪いだとか思われてしまうだろうかと考えたけれども、なまえは笑って「まーそうですね、男性はそういう人多いのかもしれませんねー」とだけ言った。
「え、どうしてです?」
「んー……まあまあ、良いじゃないですか。んふふ、ノボリさんそれよくお似合いですよ!」
ニヤッとわらってつつかれた指先にぴりっとした痛みが走る。漂ってくるコーヒーの香りを嗅ぎながら先ほど言われた言葉を反芻して、やっと合点がいったその意味にカッと頬が熱くなった。そ、そういう事ですか。
「コーヒー入ったよー」
3つのマグカップの取っ手に危なっかしく指を通してクダリが戻ってきた。「わークダリさん私のも淹れてくれたんですか?」「ん、君のそれね」「ありがとうございます!」「ノボリー?ノボリこれ、はい」
手渡されたマグカップの熱さが傷口からしみ込んでじりじりと痛い。薄くガーゼに滲んでいる血を眺めて、やっぱりぞわぞわと背中に冷たいものが走った。男でよかった。