おねむですか








一瞬死体かと思った。


休憩室の向かい合わせに置かれたソファへあおむけで寝転がっているふたりは、その長身のせいでソファからだらしなく脚をはみ出させていた。だらんと落っこちている腕と力なく垂れさがっている脚、床には無造作に黒と白のふたつの制帽が転がっている。コートだけは皺にならないようにとの配慮なのかしっかり壁のハンガーに掛けられている。近づいて顔を覗き込んでみれば、目の下に黒々とした隈がはりついていた。どうやら仮眠室に行く時間もなくここで眠りこんでしまったらしい。ふたりのデスクに目をやれば、どっさりと重そうな書類が山積みになっている。これは大変だったろう。


「ボス、ボスー……仮眠室言った方が良いですよ」


囁いてみるものの、うにゃうにゃと言葉にならない寝言のような返事しか返ってこない。そんな小さなソファより、ベッドの方が絶対よく眠れるのになぁ。まぁ、おこすのも可哀想だから、せめて毛布くらいかけてあげよう。仮眠室に備え付けの重たい毛布を運んで、そっと二人の体にかけてあげた。毛羽立った感触が気持ち悪かったのか、それとも毛布のひんやりが不快だったのか、ふたりはちょっとの間眉をすがめてもぞもぞしていたが、やがて落ち着いたように再び寝息を立て出した。


「んーやっぱり、よく似てますねぇお二人は…」


いつもはきゅっと真一文字に引かれているノボリさんの口元も今は軽く開かれていて、その隙間から吐息が規則正しくこぼれ出している。普段柔和に細められているクダリさんの目元も、いまはゆるやかに伏せられていた。ノボリさんは普段より幼く、クダリさんは普段より大人びて見える。やだこれ超可愛い。もそもそと毛布の端を握りこんで、ノボリさんが何か唇を動かしている。か、かわいいなぁ…!自分より年上の男の人を、保護欲的な意味で可愛いと思う日が来るとは思わなかった。その灰色の髪をよしよしと撫でると思わず口もとが緩んでしまった。子どもみたいだ。でっかい子ども。


「…………ん、なまえ……」


呟くように微かに、私の名前を呼んだ。えぇぇぇ何これめっちゃかわいいどうしよう、録画したい…!髪を撫でていた私の手へ、彷徨うように腕を伸ばしてくるノボリさんは、まるでおかあさんを求めるおとこのこみたいだ。じゃあ私おかあさんか。こんな大きい子供いりません。


「はーいなまえですよー…ここにいますよー…」


囁きながら小さくほっぺをつっつくと、にへらと微かに微笑んで彼はまたすやすやと眠り続ける。くそ、かわいい。なんだこれかわいい。殺す気か。コロスケか。ぽわわと和んでいたら、向かいのソファのクダリさんがうぅと小さく呻いた。うなされてるのかな。天使の寝顔で安らかに眠るノボリさんはそのままに、クダリさんの方へ近づく。投げ出された手をそっと掴んで、体の上に乗せて上げた。うん、これうなされてるのは寝てる姿勢が悪いんじゃないかな。彼はしばらく苦しそうに眉をしかめていたが、しばらくなにかむぐむぐ口を動かしたあと、やがてすうすうと穏やかな寝息を立て始める。クダリさんまつげなげぇ。何だろう、黙ってればこの人かっこいい。寝息に混じってかすかに何か呟いているのさえ、絵になるのだ。普通の人だったら笑い物になるところなのにね!何を言ってるのか聞きとろうとして、クダリさんの口もとに耳を近づけた。


「………………ふぅ、…ん、なまえ…なまえ、ん、んぅ………だめ、………っぁ……なまえだめ、やめて………」


……………!?


「ぁ、………なまえ………だめだよ……だめ、ノボリに………怒られちゃ……」


色で例えるならピンクっぽい感じの寝言がクダリさんの唇から量産されている。何ー!?クダリさんの夢の中で私なにしてるのー!?続きを聞くのが怖いけど気になってしょうがないこの気持ちはなんだろう。好奇心か。


「……ん、ふふ……なまえってば……欲張りさん……いけないコ………」


気だるげに艶めかしく囁くクダリさん。おいこれ起きてんじゃないの?本当は起きてるんじゃないの?けれど未だに彼の両目はぴったりと閉じられたままである。寝ている、確実に。クダリさんが寝ころぶソファの横へ膝を畳んで座り込み、じぃと寝言の続きを待つ。彼はあおむけだった姿勢からころりと寝がえりを打って私の方を向くとこうのたまった。


「………うふ………それ、消費期限切れてる。………ん……ふ、……ノボリが……食べちゃダメって…言って、……た……。………すぅ、…………なまえの…おばかさん……いけないコ……っんぅ…………ふふ………」




流石のわたしも寝ている人を殴るほど鬼じゃない。もちろん。だから殴る代わりにクダリさんの口の中へ、サイユウみやげのちんすこう詰め込んでおこうと思う。口の中パッサパサになればいい。








×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -