ドラマチック






拳銃じゃなかったことに感謝すればいいのか鉤爪だって飛び道具になるじゃないかって戦々恐々とすればいいのかさてわたしには判断がつかないけど、一番納得できないのはこの状況に一切無関係だろうわたしまで修羅場に巻き込まれてるってことだ。わたしたちの後ろには大海原が広がっていて、シチュエーションさえ間違っていなかったらきらきら輝くそれにうっとり見入っていてもおかしくないような美しい景色。時折潮を噴き上げる水生ポケモンの影も視界の隅に見てとれる。ちらりと見上げたノボリさんの顔は飄々としたもので、数メートル前に般若の形相で立っているかわいらしいお嬢さんをまるで興味なげに眺めていた。しかしその手はガッチリとわたしの手を握り締めている。痛い、すごく痛い。そして手のひらが心なしかじめっとしている。手汗酷いですねって言うのもどうかと思ったので新陳代謝がよろしいんですねと声をかけてみようとした、が、およそわたしを除く2人の緊迫した空気に似つかわしくなかったからその言葉は唾液と一緒に飲み込んだ。ちくしょうせっかくノボリさんがお昼おごってくれるって言ったのにお昼休み潰れちゃうよ!

「待っててくれるって言ったじゃないまた来てって言ったじゃない可笑しいじゃない、その子誰」
「のっノボリさん呼んでますよほら、あっ大丈夫ですお昼ご飯の約束はまた次の機会で全然構わないですからね!」
「いえいえここでなまえひとり先に帰しては何があるかわかりませんのでね、えぇ」


眉をすがめて今にも泣きそうに口元をゆがめているお嬢さんがねばりのかぎづめを構えたまま一歩踏み出す。囁くような声はあいにくと潮風に攫われて断片的にしか聞き取れなかった。


「真剣だって言ってくれたあれは嘘だったの?どういうことなの?私は遊びだったの?」
「いや絶対ここに入る方が危ないですって離して下さいまじで……!」
「今あっちに行ったら刺されますよ、わたくしの後ろに隠れてなさい」


そう言う割には握りつぶさんばかりに手を掴んでくるノボリさんはだいぶ矛盾してると思う。にしても鉤爪で刺されるってずいぶん物騒な想像だ、ひっかく程度で済むと思うんだけど。しかしあの爪をコルク抜きよろしくねじりこまれたら確かに痛そうではある。


「私とのは最高だって言ってくれたじゃない、大好きだって言ってくれたじゃない、その子何なのよ」
「これ以上後ろに下がるとちょっぴり命の危険があると思います。具体的には崖から落ちます」
「大丈夫です、下は海ですから」
「崖際って水中にいっぱい岩あるじゃないですか!飛んだら絶対死にますからね!」
「いや大丈夫ですって」
「私が喋ってるのに何ふたりで話してるのよ!ふざけないで!」
「ほら怒ったぁぁ!!」


さっきまでボソボソ呟くように言葉を発していたお嬢さんは突然キレたように激高した。可愛らしい女の子が怒鳴ると言うのは迫力があって相当恐ろしい。ましてや彼女は武器を持っているのだもの。前門の武器後門の海である。ふたつの意味でがけっぷちだぞ、笑えない。


「酷いじゃない、待っててくれるって言ったじゃない、そうか会いに来るのが遅かったから浮気したのね、遅くなってごめんなさいもうその子要らないでしょ捨てて」
「う、浮気ですってよノボリさん最低ですね」
「馬鹿言わないで下さいまし、あのような方お会いしたこともございませんよ」


鉤爪の標的をノボリさんからわたしに変えたのか、ぐりっと目を動かしてお嬢さんはまた一歩踏み出した。えぇぇ!ターゲット変更なの!?修羅場ならふたりだけでやってよ!


「何で手繋いでるのよ離してよ捨ててよそんな子、私だけで充分でしょ!」


お嬢さんの叫び声はヒステリックに上ずっていて、今更弁解も通じなそうである。恐る恐る見上げたノボリさんの横顔はやっぱり(手汗に反して)飄々としていて、あぁこりゃモテるわうちの上司ったらマジ美人、


「……この子捨てればいいの?」
「え?……の、ノボリさん?何でクダリさんの真似モガッ」
「そうよ捨ててよ、人の男取る女なんか要らないでしょ殺してやるんだから」
「いいよ君の手汚すこと無いよ」


がしっと口をふさがれて(しかもべちょっとしてる手で)、ニコリと笑ったノボリさんに目だけでごめんなさいねってちょっと笑われて、ぽいっとそのまま崖下に、投げ、お、おわぁぁぁ!?


「デートしよっか、僕のおすすめ連れてったげる」
「ほんとう?嬉しい!」


耳の横を切る風に遮られてそんな会話が断片的に届いて、それから数瞬のタイムラグ後塩っ辛い水にどぼんと頭から突っ込んだ。






「だから大丈夫だって言ったじゃないですか」
「それでも普通人を崖下に投げ飛ばしますか!?目に染みるわ鼻に染みるわで大変だったんですよ!トウコちゃん達がいなかったらわたし危うくデスマスですよ!?」
「トウヤさま達がいるのは見えていましたよ、だから投げたんです。当たり前じゃないですか誰が可愛い部下をデスマスにしますか」
「そっそれにしたって酷くありません!?下に岩とか生えてたらどうするんですかわたし死ぬじゃないですかぁぁー!」
「あの辺りはダイビングスポットです、深いし安全です、大丈夫です。確か」
「確かって……!」


はっくしゅ!くしゃみしたら喉の奥の方にあった塩辛さが鼻にまわってまた悶絶した。目の前にどっかと座りしれっとコーヒーを飲んでいるノボリさんはやっぱり、相変わらず飄々としている。「だからすみませんと謝っているじゃありませんか」とても謝罪するにふさわしいと思えないような態度である。結局あのあと、偶然にもサザナミで海水浴を楽しんでいたらしいトウコちゃん達に助けられ、彼女らご自慢のポケモンで駅まで送ってもらったのだった。全身濡れたままでの空中飛行は実に寒かった。


「ううっ酷い、他人の修羅場でこんな目に」
「あ、あの方クダリのストーカーだったようですよ。警察にお連れして来ました」
「あー今月2件目ですねー、もうクダリさん口上変えた方がいいんじゃないですかねー」


ぐしゅ。鼻をすすったら汚いですねってティッシュで押さえつけられた。遠慮なくかんでやった。羞恥心とか知るもんか。


「あぁそうだなまえ、お昼に行くはずだったうどんですけど代わりに今晩どうですか、突き落としたお詫びも兼ねて少しくらい高いところ連れてってあげますけど」
「高いって値段がですか?高さですか?また突き落とされるのはごめんですけどォー」
「まだそのネタ引っ張るんですか、落として欲しいならして差し上げますけど」
「いやですよ!」


だってあの時は本当に肝が冷えたのだ。わたしってそんな軽い扱いだったのだなぁってちょっと泣きそうになった。実際泣いた。海にはわたしの涙がほんの数ミリリットル混入されたに違いない。思い出したらまたちょっと泣きそうになった。「シャワーだけじゃ気持ち悪いんで一旦帰ってお風呂入ってから行きたいです」「積極的ですねぇ」「……何がですか」口の端を微かに持ち上げてニヤついているノボリさんキモい。わしゃわしゃまだ濡れている髪を掻きまわしながらふと何かを見つけたように手を止めて、何かをつまみあげて、「うみぶどう、髪についてましたよ」小気味良い音を立てながら齧っていた。すごいキメ顔だった。そんなもんついてねぇよ。ついてたとしてもそれ多分小枝か海藻だよ。






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