喧嘩でもしてないと間が持たないらしいよ






「あ」


ノボリの手元を見つめたまま、なまえは凍りついたように動きを止めた。先ほどまで浮かべていた柔和な笑みも一瞬のうちに姿を消し、信じられない、とでも言いたげな表情で目を大きく見開いている。心なしか指までふるふると震えているようだ。ごくり、と彼女の喉が唾を飲みこんだのが見て取れ、口もとが何か言いたげに無意味に動く。だがノボリには彼女がそこまでの反応を返す意味が分からない様子。はて、何か自分はまずいことでもしたのだろうかと彼女の視線を辿って、透明な水滴が滴る自らの指先を眺めている。そこに抓まれているのはぐしゃりと潰れ、果汁をすっかり絞り出されたカットレモン。


「ひぃぃぃー!!しっ信じられない!ノボリさん!レモン!ノボリさんレモン!」
「なまえ落ち着いて、ノボリはレモンと違う。追加注文するけどふたりともなんか頼む?」
「何ですか……レモンかけますよ良いですかって言ったでしょう」
「良いですかって聞きながら!もう既にかけてたじゃないですかー!クダリさんからあげ新しく頼んで下さいっさくさく衣じゃないと認めません!」
「なまえうっさい……ちょっと、さっきから机の下で僕の足蹴ってるよ。痛くないけどさ」
「あ、クダリ多分それわたくしの足です。あとぼんじり塩頼んで下さい」
「わたしちゃんと足揃えてますよぅ。ていうかノボリさんのばかー!レモン……レモンかけたらからあげべしょべしょで酸っぱくなっちゃうじゃないですかー!」
「なにノボリどれだけ足伸ばして座ってるの!だらしない!」
「長いもので……すみませんね」
「僕ら足の長さ同じ」


ななめ向かいのノボリの足が掘り座卓の下で僕のすねを軽く小突いた。うざい。なまえがノボリのネクタイの端っこを掴みながらからあげぇぇぇって管を巻いている。ノボリはビールを飲みながら鬱陶しげに彼女のつむじあたりを指で押していた。ちょうど店員さんが来たので唐揚げとビールと枝豆と揚げだし豆腐と軟骨と、ポケモン用炭酸オレと同じくポケモン用盛り合わせと、あーあと何にしようかなとりあえずこれでいいかな。にっこり笑ってかしこまりましたって挨拶してくれた店員さんは多分なまえ好みの女の子なんだと思う。言い争うなまえとノボリを横目に、声をひそめてレモンは君が切ったのを持ってきてくれる?って聞いてみたら少しうろたえてからちょっと嬉しそうにはいって言ってくれた。あ、もしかしたら僕あんまりよくないことしたかもしれない。店員さんにちょっかい出したつもりはないんだけど。


「うぅぅぃぃぃ、べしょ、べしょべしょですし、さくさくカリカリのからあげがっ……!ありえない!ひぃぃっく、ばかばか!」
「もう、何なのですか!レモン美味しいじゃないですか!」
「すっぱいんですよ!レモン!」
「美味しいですよ!お子様味覚ですか!」
「やだぁぁレモン抜きがいいっひぐっ、レモン抜きがいいんですぅぅ、へにょへにょ唐揚げやぁーだっ、ひぃっく」
「そんなに嫌なら食べなくて結構です、わたくしひとりで食べます!食べますとも!」
「待ってよノボリ僕も唐揚げ食べたいよ」
「あーあーずーるーいー!クダリさんにはあげてわたしにはくれないんだぁぁぶぇぇ」
「あなたはつくねでも食べてなさいほら、ほらつくね塩」
「わたしはたれ派です!」
「塩でしょう!塩のみこそ素材の味を引き立てる最高の調味料でしょう!」
「塩もいいけどたれに決まってます、あまじょっぱさがイイんですよあれがクセになるんですよぅ、うぅー」


ごつごつ空になったジョッキをぶつけ合いながら、ふたりは唐揚げから塩たれ論争へと突入していた。酔っ払いの絡みグセほど達の悪いものはないと思う。僕は枝豆をぷちぷち食べているアイアントのメタリックな体を撫でながら、ふたりの怒号の応酬をBGMか何かのように聞き流していた。


「どうせノボリさんバナナはおやつに入りませんとか、ひっくー、言う人でしょおぉー!?バナナはおやつに入りますし!でもぉー、300円には含めないんですよぉぉー!?」
「はぁぁ?聞き捨てなりません意味がわかりません、バナナは主食です」
「アイアント、枝豆好き?もう一皿頼む?」
「はー!?バナナが主食ぅー?そっちこそひっぐぅ、いみわかんないんですけどぉー!バナナは果物ですし」
「腹持ちも良く朝食に最適でしょう、バナナは既にもはや主食です!スポーツ選手などみなさま合間の栄養補給にバナナ食べてるでしょう!」
「あ、デンチュラそれは人間用だから君には少ししょっぱいと思うよ。君たち用の頼んだからもう少し待とうね」
「だから何だってぇー、話、ですよ!バナナはおやつです!おーやーつー!ごはんはちゃんと炭水化物とるべきでしょ、バナナばっか食べてるからガリッガリなんですよぉノボリさんはぁー!」
「ッ筋肉つけるには炭水化物よりタンパク質なのですよお黙りなさい!なまえこそ胸に肉つける努力したらいかがですか、フンッ」
「ノボリそれはセクハラ」


まじ余計なお世話ですよぉぉ!なまえが叫びながらノボリの食べようとしていたネギマに横からかぶりついた。あっぶないですね馬鹿!ぷりぷりしながらノボリが串からネギだけ外してなまえに与えている。彼女は最初素直にそれを口に入れたが、咀嚼嚥下してから「ってこれネギじゃないですかー!肉!肉は!」とノボリにつめよっていた。個室だしまわりも結構うるさいから構わないのかもしれないけれどもう少しふたりは静かにすべきだと思う。「お待たせいたしましたー」「あ、どうも」さっきの店員さんがスマイルで唐揚げ盛りその他を持ってきてくれて(レモンの数が凄い、丸ごと2つ分くらいあるんじゃないだろうか。こんなにかけると思われたのだろうか。何のサービスなのだろうか)、一瞬ぴたりと言い争いがやむ。「からあげー!」なんて単純なんだ。店員さんは苦笑して下がって行った。


「はいはい唐揚げだよ唐揚げ」
「からあげ!」
「はいデンチュラも、串盛り来たよよかったね」
「からあ、」
「レモンかけますね」
「……うわぁー!?」


ゲッゲッと真顔のまま怪しい笑い声をあげてノボリがレモンを全力で絞った。僕が頼み直した唐揚げの上で。なまえが今度こそキレてノボリのネクタイを引っ張る。


「せっせっかく、せっかくレモンかかってないの食べられると思ったのにぃぃ!」
「調理人さんだか店員さんだかからの心づくしですよ、あんなに沢山レモン盛っていただいておいて使わないというのは失礼でしょうウフフフ」
「ウフフフって何笑ってんですかノボリさんばかー!あ、あげたてのからあげがッ……!」
「ええいわたくしのレモンが食べられないというのですか!」
「パワハラ!パワハラだぁぁ!わたしは断固としてレモンなしのからあげを求めますッ!ムキィィィ!」

ダストダスがポケモン用サワーを飲みながらいい加減鬱陶しそうにふたりを眺めていたので、僕はやけに嬉しそうにゲッゲッと未だ笑い続けている(無表情で)ノボリからなまえを引きはがし、耳元でコソコソ囁いた。「そのレモン、さっきの店員さんが切ってくれたやつ」なまえは目尻を赤くしトロンとしてきた目をぱちりと開いて「さっきの?あの可愛い子ですか?」「そうそう、君が好きそうな子」途端上機嫌になってレモン汁をぶっかけまくったからあげに箸を伸ばす。「そもそも酸っぱいのが苦手だなんてお子様舌の証拠でですねぇ、」未だ管を撒き続けるノボリをガン無視し、


「……食べます!」
「は?」
「いっただっきまー……すっぱ……!う、うまいわー!レモン美味しいです!レモ、ゴホッすっぺぇ、レモン美味しいです!ウェヘヘ」
「は?いえ無理をしなくてもいいですよあなたレモン嫌いなのでしょう?」
「は?大好きですけど?」


涙目になりながらもぱくぱく食べ続けるなまえにノボリは微妙に納得していないような顔をして、「そ、そうでしょう、レモンかけると美味しいのですよ……」腑に落ちないと言った表情で僕を見た。こっち見られても困る。なまえは涙目どころか半分泣いているような顔でノボリの絞ったレモンでべしょべしょになったからあげを頬張り続けていた。








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