今日はどんなイタズラしてみようか






冷たい床に四肢を投げ出して転がっている人がふたり、そしてその周囲にはペンキをぶちまけたように広がっているおびただしい量の赤黒い液体。目撃した光景に息を飲んで立ちつくすその足元には、同じく赤黒い液体をべったりと纏った包丁が転がっている。床へ仰向けで転がって目を見開いた顔は呆然の表情が張りついたままで、一層その部屋の異様さを際立たせていた。恐怖をこらえる喉がひぐっとひきつった音をたてる。


「ひっ、あ、あ……きゃああああああああああ!!!!!」


あ、これわたしの悲鳴じゃありませんよ。ノボリさんの悲鳴です。




「ごめんって!ごめん!ごめんなさい!サプライズのつもりだったんだってば!」
「どんなサプライズです!死体ごっこでわたくしが喜ぶと思うのですか!止まりなさい!あぁもう、シャンデラ!」


ぱかん!モンスターボールからポケモンの飛びだす軽快な音と共にノボリさんのシャンデラが廊下を照らして姿を現す。えっヤダまさか燃されるんじゃないよね!?ノボリさんは流石に人に向かって攻撃させるような人じゃないって信じてるけど!クダリさんと顔を見合わせてコンマ数秒、さらに必死で脚を動かした。攣りそう。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃー!だってノボリさん最近、ぜぇ、構ってくれない、からぁぁー!あっそうだ悲鳴上げた時の顔とっても可愛かったです!」
「お黙りなさい!お黙りなさい!シャンデラ!あやしいひかり!」
「ちょ、人に向かって攻撃させるなん、て……!」


びかっと放たれた光で廊下の壁が一瞬気味の悪い紫色に染まったのを目を閉じてやり過ごす。その間も脚を動かすのはやめない、だって捕まったらげんこつの二つや三つは覚悟しなければならないのだ。ノボリさんは最近アイアントを高い高いしてあげることによる筋トレにハマっているようなのでげんこつなんかされたら絶対痛い。薄目を開けて自分が間違いなく走り続けていられることを確認してほっとして、あれ、でも横を走ってたはずのクダリさんがいない!


「あ…………?」
「クダリさんんんんん!?」
「あ、あ……あああああああなまえがあああああああ!!」
「手を貸してもらいますよ、お願いしますデンチュラ!いとをはくでクダリ確保ー!」
「なまえがッ……軍服着て銃抱えてッ……死んでる!」
「わたし死んでません!クダリさん、止まっちゃダメ!止まっちゃ……あっ捕まった、もうだめださよならクダリさん」


デンチュラの糸にぐるぐる巻きにされたクダリさんに一瞬だけ黙祷を捧げた。さよならクダリさんあなたのリタイアは無駄にしません…!床にごろっと転がったクダリさん(「なまえがぁぁぁぁ!誰かぁぁぁぁ!!」と叫び続けている)を通路のわきに寄せておくことに手間取っているノボリさんをちらりと振り返って(あ、デンチュラにさるぐつわされた)クダリさんの尊い死(んではいないけど)で稼げたわずかな時間を有効利用するべく靴音の響く通路をこれ以上ないくらい速く駆け抜ける。こんなに走ったのは多分スクールのマラソン大会で「一緒に走ろうね」って約束したはずの女の子がわたしを追い抜いて行ったのにぶちぎれたあの日以来だわ、マジで。あの時に知ったんだよね誰しも裏切るものだってね!結局わたしを出しぬこうとしたあの子のことはその後死に物狂いで追い上げたおかげで抜けたし上位入賞も出来たし別にいいんだけど、ってそうじゃなくて、今大事なのは後ろからがつがつと革靴というより鉄アレイでも叩きつけているんじゃないかと思うような音を立てて走っているノボリさんなわけ、で、


「デンチュラ!こうそくいどう!そしてふいうちです!」
「へっ…!?」
「ちゅら!」
「あべし」


残像が見えるくらいすばやく一瞬で回りこんだデンチュラに足払いをかけられた。マジかよそりゃないぜ。ゆっくりスローモーションで傾く視界、体をひねって背後を見たらまだ10歩分くらい遠くにいるノボリさん。あ、これならまだ逃げられるかも、とにかくお客さんの多い所に行けばノボリさんもむやみにげんこつ落としたりしないはず、で、「デンチュラ、いとをはく」あらまぁノボリさんったら息も切らしてない。すげぇ。とりあえず眉間にシワできちゃうからその怖い顔やめた方がいいと思いますよ、わたしのすばやさ下がっちゃうしさぁ。




「まったくもう!」


ぷりぷりしながらノボリさんはべしっとクダリさんに濡れたタオルを投げつけた。「ぎゃっ、冷たい!」悲鳴を上げるクダリさんにさっさとその真っ赤な顔を綺麗にしなさい!って怒鳴って、ノボリさんは手に持っていた同じく濡れタオルでわたしの顔をぐいぐい擦り出す。


「いだだだだだ、ノボリさん!じぶ、オェッ布が口に入った。ノボリさん、自分で拭けますってば!」
「動くんじゃありませんよ、拭きづらいでしょうが!」
「いででで」


ごしごし拭かれたせいで絶対ファンデーション落ちてる、ていうかそれどころか顔の皮膚まで持ってかれてるんじゃないかなぁっていう勢いで顔をこすられる。すっごい痛い。


「まったくもう、どうして逃げたんです!」
「ノ、ぶふ、ノボリさんに怒られると思って……」
「そう、げんこつ貰うと思って」
「…まぁ多少びっくりしましたが…それでも拳骨などしませんのに」
「だってノボリさんわたしたちが笑った時、クリムガンみたいな顔して、ぅぶッ」
「失礼、まだ赤いものがついていたので。一体それ何塗りたくったのです。ケチャップですか」
「そんでもってノボリさんが、そ、むぐぅ、そのヤバい顔のまま寄ってくるからー、」
「うん、てっきり怒られると思って逃げた」
「んぶ、ねー」


わたしの顔にべったりついていた血糊で真っ赤に染まった濡れタオルを乱暴にぐるぐる丸めてノボリさんはため息をついた(ところでわたしとクダリさんは床へ正座させられている。足が痛い)。「職場で悪ふざけをしていたのですから、それは多少叱ります。ですがお客様の前でやったのならいざ知らず、わたくしにしか被害がないのですしそんなに怒鳴り散らしたりしませんよ」血糊がこびりついたわたしの制服のボタンをぷちぷち外しながらノボリさんはキッと視線を鋭くした。こわいなぁ!


「しかし…あぁ制服、こんなに汚して…どうするのです」
「む、これは廃棄される古いやつだから大丈夫です!ほら、わたしにはサイズ合ってないでしょー」
「僕のは、えっと、廃棄じゃないけど…でもこれクリーニング出すやつだし血糊は多分水で落ちるから大丈夫だと思う、よ?」
「大丈夫って…さっきも聞きましたけどこれ何塗ったんです?」
「絵の具だよ」
「本当に落ちるんでしょうね」


もう!ってぷんすかしたまま「ほら、バンザイして下さいまし」ノボリさんは手際よくわたしたちから汚れた制服をはぎ取った。


「やーんノボリさんのエッチー」
「すけっちー?」
「わんたっちー」
「お黙りなさい。おやつ抜きますよ」
「ごめんノボリもう言わない」
「ごめんなさい」


血糊がぶちまけられたままの床にクダリさんとふたりで土下座ポーズをキメた。おやつより大事なものなんてそうそうないよね。


「これは洗っておきますから、あなたたちはここの掃除を」
「がってんでーい、よしクダリさんどっちが速く掃除できるか競争です!」
「よし乗った、僕の華麗なる雑巾がけ見せちゃうよ!?」
「……と、思いましたがふたりともシャワー浴びてきなさい。髪も真っ赤です。ガチガチになってます」
「え、ウソ!ほんとですか」
「でもどうせ床掃除する時汚れるじゃん」
「ここはわたくしが片づけておきますから」
「ノボリ愛してる!」
「あーわたしもわたしもわーたーしーもー!愛してまーす!」


だからさっさとシャワー浴びてきなさい、ってノボリさんに背中を押されるままに休憩室を追い出された。


「………さーて」
「ノボリさんはいつデスクの上の生首に気付くんですかねー?」
「あれさー、僕思うんだけどもっとリアリティ出した方がよかったんじゃないかな?紙ねんどじゃぱっと見ですぐバレちゃ………」
「きゃああああああああああああああああ!!!!」


閉じられた背後のドアの隙間から、ノボリさんの絶叫が響いてきた。恐らくわたし作『クダリさんちょーかわいいぜ生首人形』を発見したのだろう。あ、もしかしたらクダリさん作『這いずる変態なまえの手首(自走ミニカーに紙ねんどで作った手首を乗せただけ)』を見つけたのかもしれない。あるいはその両方か。


「いやぁー、何度聞いても素晴らしい悲鳴です。レコーダー仕込んでおけばよかったなぁ」
「あ、僕カメラ回してるからあとで焼き増ししてあげるよ」
「マジですか、ありがとうございます」
「なまえ、クダリ……!なまえ、クダリ……なまえクダリなまえクダリなまえクダリィィィィィィィィィ!!!」
「よし、逃げよう!」
「ウフ!そうですね!」


がしぃ!とまるで死地を共にした戦友のように力強く手を握り合って走り出す。背後の鉄製ドアを蹴り飛ばしてノボリさんが飛びだしてきたのが分かった。あぁぁ快感、ノボリさんが怒ってるノボリさんが追いかけてくるノボリさんが、あの冷静沈着なノボリさんが!横目で見たらクダリさんも裂けそうなくらい唇を吊り上げてゲラゲラ笑っていた。落としきれてない血糊と相まってちょっと怖い。でもわたしも多分同じくらいニヤニヤしてる。あー楽しい。ノボリさんごめんね!


「待ちなさい!今度は、今度は許しません!」
「待たない待たない!あーははは!」
「あっはははー!ごほっ、ノボリさんの悲鳴かわいー!」
「おやつは抜きです!抜きですッ!」
「そっそれは困る、けど!」
「でもわたしたちにも譲れないものがですね!あるんですよね!」
「あは!」


何を隠そうわたしたちはノボリさんをからかい隊・隊長副隊長であるもので!






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