ぐるぐるしてがーってしてぐちゃぐちゃしてじゅーじゅーした






その日は僕ひとりしかいなかったから、夕飯も適当でいいよねって思って適当に野菜ばっかり入れたスープを作った。久しぶりのお休みだからってノボリはぶらぶらどこかへ出かけたみたいだけど、僕は今日はゆっくりしたい気分だったから家に残った。夕飯の心配とかしないで遊べるのは独身の特権だなぁと思う。まだ夕ご飯には早い午後5時くらいからのろのろと野菜を切りつつ、ぼうっと色んなことを考えてた。足元をちょろちょろ走り回るアイアントとデンチュラを横目に見ながら。


学生の時もその時なりに色々悩みはあったけれど、大体が就職どうしようだとか次の試験大丈夫かなとか、そんなことばっかりだったような気がする。今の僕の考え事と言ったら税金がどうとか次の選挙はどうだとか、あとは部下の様子だとか仕事のこととか、なんかつまらない大人が持つ普通の悩みでつまんないなぁとも思うけど、でもきっとみんなそんなもんなんだろうなぁと僕は考える。だってね、当たり前のことを当たり前に悩むのって普通のことだし。普通に社会人してる以上普通の考え事、あるわけですし。にんじんのさきっぽの方をすとんと包丁で落としてからそっちをゴミ箱に捨てて、今度はピーラーを手に取った。


でもそうだな、近頃脳みそに占める割合が多くなったことと言ったら、多分あの子のことだ。しゅるしゅるにんじんの皮を剥きながら思考をめぐらせる。最近ふとした時に彼女の事を考えてしまって、そうするとぼうっとしてしまって、ぎゅうってするのに幸せで、でも辛くって嫌だ。嫌だけど、嬉しくて、またそれが辛い。後ろ姿を眺めてる時はずっと見てたいな、とかこっち向いてくれないかな、とか思うのに、いざ彼女と目を合わせるとばくばく心臓が跳ねあがってなまえの顔を直視できない。挨拶を交わしただけでその日いちにち幸せで、話せただけでも舞い上がって、でも顔に出しちゃダメだって思うとつっけんどんになってしまって、微笑みかけてくれたら床に倒れ込みたいほど幸福に満たされて、軽いボディタッチでも死にそうになって、人目につかないとこで壁にもたれてニヤニヤするとか日常茶飯事。でも彼女が他の男に、例えばノボリとか他の鉄道員に、話しかけたり笑いあったりしてると頭の芯が冷えてギリギリってなって、嫌な気持ちでいっぱいになる。それこそすぐになまえをそいつから引きはがして誰もいないとこに連れ込んでぎゅうってしたいくらい、できないけど。なまえが同性の友達とお喋りしてたとしても嫉妬しちゃいそうになる。僕と話してる時よりも楽しそうに笑っている気がしてしまうから。いつの間にかさっきまで部屋の中をかさこそ走り回ってた僕のパートナーたちは、リビングのソファですやすや眠っていた。


なまえにごめんなさい手伝ってくれませんかって言われたら、トレインでのバトルの用事以外の、書類だとかがどんなに立込んでようと忙しかろうと、すっごく暇!って言っちゃう。どんな簡単で小さいことも手伝いたくなっちゃう。なまえからのメモが付箋でぺたっとデスクに貼りつけてあっただけでも嬉しくなっちゃってニヤけそうになっちゃって、これはナイショだけど、そのメモ大事にファイルへ入れてとっといたり、する。朝のテレビでやってる占いなんか全然信じてないけど、恋愛運だけは見てしまったりして、そんで彼女の今日の運勢まで自分のよりも熱心に読んでしまったりして、馬鹿だなぁ僕とは思いつつも、僕の今日の運勢が『積極的に行くと吉!』で彼女の今日の運勢が『運命の人に会えるかも?』だったりするともう、今日なまえに告白したらうまくいくんじゃないかなとか、僕が彼女の運命の人だったらどうしようとか考えてしまって、リモコン片手にぼうっとしてしまうなんてよくあること。皮を剥き終わったにんじんをサイコロに切って鍋へ投下した。


小さな女の子のおまじないみたいになまえの写真を枕の下に敷いてみたりして、夢に出てこないかなってわくわくしたりしたこともある(結果として確かに彼女は僕の夢の中へ登場を果たしたのだけれど、いつも通り職場で仕事をこなす夢だったので、僕が期待したような甘い雰囲気にはならなかった。朝起きてから夢の中だったんだからなまえにキスくらいしちゃえばよかった!って思ったけど、夢の中とはいえ彼女とキスできたら僕は幸せのあまり死んじゃうと思う。だって夢の中の彼女が僕に笑ってくれただけでどきどきして死にそうだった)。なまえは何が好きなのかなとか、休日は何してるのかなとか、こんなこと話そうあんなこと話そうって色々考えてるはずなのにいざ顔を合わせると何も出てこなくってじわじわ頭の中まっしろになっちゃって、苦しくて、嬉しくて、言葉が出てこなくて、でもそんな挙動不審な僕になまえはにこにこしてくれるから少なくともイヤって思われてはいないよねって自分に言い聞かせてみたり、する。なまえにもし嫌われたら僕、数年は立ち直れない。くるくるおたまで鍋を掻きまわすと、にんじんのサイコロが浮いたり沈んだりしていた。ここら辺でなんだか面倒になってコンソメスープの素をぼちゃぼちゃ追加した。適当に味を調える。


好きって顔に出してないつもりしてるのにたまに部下からニヤニヤされて、クダリさんってなまえのこと好きなんですねとか言われて、盛大にギョッとしたりする。まさか!好きじゃないよ、何でそう思ったの、とか否定するけどきっとバレてる。恥ずかしい。その直後に当のなまえが通りかかったりしてもっと肝を冷やして、好きだってばれるかもっていう焦りと好きじゃないよって言ったの聞かれてたらどうしようっていう恐怖心で背中に嫌な汗かいたこともある。幸いどっちも知られなかったみたいだったけど。ぐるぐる回すスープが僕のぐるぐるを反映してるみたいに思えて、どうしてか苛立って、冷ましてからスープだけ濾し出した。にんじんの方は全部ミキサーにかけた。


視力は人並みなのに、人ごみの中を歩く彼女の姿だけはまるでルーペをかざしたみたいによく見える。あんなに人がたくさんいるのに、綺麗だなぁって思う女の子もいっぱいいるのに、どうしてかなまえへ強制的にピントを合わせられたみたいに凝視してしまう。瞬きも出来ない。僕がクダリさんなんだかコワイって言われる何割かはきっと彼女のせいだ。気がつくと彼女のことばっかり考えてしまって、付き合えたら、とか結婚できたら、とかいろいろ空想してしまったりして、でも改めて自分と彼女の距離を思い出してへこんで、ほんと馬鹿だ。このままの関係じゃ心臓が焦げるほど辛いのに、もし失敗してこれ以上距離が開いてしまうくらいなら今のままでいいかなってブレーキをかけてしまったり、僕は結局どうしたいんだろう。ドロドロになったにんじんをキッチンペーパーに乗せて少し水分を切った。


昔はなんだったっけな、たくさんの女の子と関係を持ってうはうは、だなんて妄想をしたこともあったのに。今じゃ君のこと好きすぎてオカズにすらできないよ、笑っちゃうよ。妄想の中ですら僕は君にキスくらいしか出来なくて、体を重ねるだとか、たまに想像したりするけど、何でかいつの間にか結局隣に座って笑いあたり抱き締めあったりキスしたり、そんなつまらない小さいことばっか考えてて、僕ってば小心者だなぁって思うけど、それでもどきどきして幸せ。現実ではぼうっと君の背中を見つめてるだけの男ですけど。冷蔵庫から卵を出して、ボウルへ入れたにんじんのなれの果てに混ぜ込んだ。これだけじゃ何なのでつなぎに小麦粉と、刻んだ玉ねぎも混ぜてみた。


あーあ、なまえから告白したりしてくれないかな、そしたら僕二つ返事でお願いしますって言うのになぁ。待ちの姿勢じゃダメだって百も承知です。でも自分からなんて、もしこっぴどくフラれちゃったりして、ごめんなさいわたし好きな人がいるんですなんて言われちゃったりして、そんなのその場で死にたくなっちゃうに決まってるじゃん。こんなに僕、君のこと見つめてるんだからさ。そろそろ何かのテレパシーとかがさ、届いてくれたりしないものだろうかな。フライパンに油敷いてまんなかをちょっとへこませたハンバーグ型の元にんじんを焼いた。どこかで嗅いだようなにおいがした。


僕から誘って断られたことはほとんどないけど、もしもその理由が『上司に言われたから断れない』だったらどうしようって時々思う。気を使って楽しいフリしてるんだったらどうしよう。僕のいないところでなまえがハァってため息ついてイヤそうにしてたらどうしよう。怖い。不安な想像ってすぐ膨らむから、一瞬で頭が凍りついたみたいに動かなくなる。ただの妄想なのに。だから、なまえからクダリさん一緒におやつ食べませんかとか言ってくれると安心でふわふわ浮かんだような気持ちになる。君の言葉で一喜一憂する。なまえ好き、好き、好きだけど辛い。がちゃってノボリが玄関のドアを開けて入って来たのと、僕がにんじんハンバーグを皿によそいつけたのはほぼ同時だった。デミグラスソースなんて凝ったものは作れないから、熱いままのフライパンにワインとオイスターのソースを流し込んであっためて、にんじんハンバーグにかけた。時計を見たらもう9時を過ぎている。


「おや、まだ夕食を食べていなかったのですか?」
「おかえり。ノボリ何食べてきたの?」
「吉牛行ってきました。駅前でうろうろしていましたら偶然なまえに会いまして、今日は牛丼の気分なんです!おひとりさまでも良いんです吉牛だから!牛丼食べたいんです!と熱く語られたら何だかわたくしも食べたくなってしまいましてね。ご一緒してきたんです」
「………僕も牛丼食べたかった!!」
「おや、では明日にでも行ってきなさいまし」


ハンバーグですか?挽肉なんてありましたっけ?ってノボリは僕の並べた皿を眺めて首をひねった。一口分切り分けて差し出したらぱくっと口に含んだあと、お好み焼きですか?って不思議そうに呟いた。僕は火にかけっぱなしだった透明なスープを深皿によそって、あぁ僕もノボリにくっついて出かけたらよかったなぁと内心後悔でいっぱいのため息をついた。家にこもっていたら会えるわけないんだ、よく考えたら。






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