ペットセラピーどうぞ






おなかへったなぁと思いながら休憩室に入ったらノボリさんがバナナ食べてた。


「お…おおぉ…?お疲れさまです、ノボリさん。おやつですか?」
「…………」


無言だった。無言でバナナをむさぼっていた。ゴミ箱をのぞいたら、既に2本分の皮がつっこまれている。どんだけバナナ食べるんだノボリさん。バナナ好きだったのかノボリさん。べすっとゴミ箱に皮が追加された。彼の方をこそっと見たら4本目のバナナを剥き始めたところだった。


「お、おいしいですか?」
「…………」
「…………」
「冷蔵庫にありますから食べたかったらどうぞ」
「あっ、え?あ、ありがとうございます」


明後日の方を向きながらもごもごバナナを頬張り続けるノボリさんに不信の目を向けつつも、そんなに夢中で食べるくらい美味しいバナナなのか(バナナにそんな味の優劣感じたことないけど)と思って、給湯室の隅っこに鎮座している冷蔵庫を開けた。閉めた。生臭かった。……バナナのにおいじゃないでしょこれ……!?ちらりと休憩室で未だバナナ食べてるであろうノボリさんの方を目だけで見たらばちっと視線が合って、かと思ったらサッと逸らされた。でもわたしは見たぞ、ノボリさんの目元が笑いそうにぴくりと動いたのを……!


「(日ごろの仕返しかな…)」


もう一度がぱっと扉を開いた。流れ落ちる冷気と一緒に漂ってくるのは生臭いような磯臭いような、もしもここが漁場だったらなんの抵抗もなく受け入れられるのだろうがあいにく職場で嗅ぎたいにおいではない。ほのかにバナナの甘い香りも混ざっているのが絶妙に酷いハーモニーを演出している。


「ノボリさん……せめてラップとかかけませんか。冷蔵庫内ににおい染みちゃいますよ」
「バナナ見つかりましたか?」
「いやバナナ見つかりましたかじゃなくて。どうしたんですかこれ…誰かの実家から送って来たとかですか?」
「いえ、昨日わたくしが買ってきました。スーパーで」
「これスーパーで売ってるんですか……」


ラップもかけられずにお皿の上に並べられている貝の、なるべく乾いてる部分の殻をつまんで持ち上げる。職場の冷蔵庫にこんなもの勝手に入れちゃっていいのだろうか。…いいのかも。あの人はサブウェイマスターだし。うわぁでもこれ、ちょっと気持ち悪い、食品に失礼だけどこれはちょっと怖い。テレビで見たことあるぞこれ、確か名前はミル貝とかなんとかいうやつ。でろりと身の部分がお皿に垂れさがったまま生臭いにおいを振りまきまくっている。うわぁ。いやどうかな、もしかしたらこの生臭さは隣のタッパーに詰め込まれている(こっちも蓋はおろかラップさえかけられていない)あわびのせいかもしれない。しかし何故この2つをチョイスしたんだ。思春期か。悪戯にしたって購入するとき自分にもダメ―ジを与えそうだけど…だってあわびはともかくミル貝、これ、見た目…………まぁいいや。知ったこっちゃないし。それよりバナナ食べつつこっちをチラチラ眺めて反応うかがってるノボリさんを何とかしよう。いつも不機嫌に下がっている口もとが笑いそうにぴくぴくしてて気持ち悪いったらない。冷蔵庫の棚の奥の方に押しやられてたバナナだけ一房取りだして扉を閉めた。さて、どんな反応を返したら正解だろうか。ていうかほんとそのニヤニヤやめてくださいこんなのが上司かと思うと泣けてくるから!


「ノボリさんったら……誘ってます?誘ってるんですかあれは」


とりあえずセクハラしてみる。ソファに座るノボリさんのほっそい腿をすりすりナデナデしてニヤァって笑ったら、眉をしかめられた。あら?この行動はハズレだったかな。セクハラオッケーのサインかと思ったんだけれど。さっきまで微妙にニヤニヤしてたノボリさんの口元も、またいつも通りぎゅうと引き結ばれてしまった。でも彼の程良く筋肉質な腿はさわり心地がわたし好みなのでそのまま撫でまわすことにする。軽く開かれた脚の、内腿に手の平を這わせるとスラックス越しの体温が感じられてぬくぬくである。人肌温度って好きだなぁー、いやらしい意味じゃなくてね。ノボリさんは5本目のバナナ(どんだけ食べるの!アスリートでもそんなに入るとは思えない)を片手に持ち、口を使って器用に剥き先端をぺろりと舐めたあと、こっちを眺め少し考えるそぶりを見せてからむぎゅっとわたしの唇に押し付けてきた。


「……んむ……誘ってるんですか?……むぐ、それとももう食べれないから消費してって、あむ……んぐ、ことですか?あとさっきのぺろってしたとこエロかったんで、んむ!もっひゃい、やって、もりゃっていーれふか?……んっく、写真撮りたいです」
「いいですよ」
「えーなんで………えっいいんですか!?」
「いいですよ」
「じゃあさっきのあれ本当に誘ってたんですか!」


わたしが頑張って咀嚼し食べ終わったバナナの皮をひょいとゴミ箱に入れてからノボリさんは片方の唇を吊り上げてニヤッとした。うわぁその笑い方えろい。「ええ、実は誘ってたんですよ」この状況でどうでもいいことだけど、生ごみはここのゴミ箱じゃなく給湯室にある蓋つきのゴミ箱の方に入れて欲しい。「ま、まじで…じゃあちょっとそのまま待っててくださいカメラとってくるんで」「冗談に決まってるじゃないですか何本気にしてるんですかこの薄ら馬鹿」「う、薄ら馬鹿って」ノボリさんはまた仏頂面に戻って、わたしが冷蔵庫から出してきたままローテーブルに置いてそのままにしていたバナナを剥き始める。


「はいあーん」
「いやもういらなモガッ」
「美味しいですよねバナナ」
「う、ぉいひ、れふ、けろ」
「すいません何言ってるか全くわかりません」
「むごごごご」


もしかしてこれ、昨日ノボリさんに注意されたにも関わらずクダリさんと池の鯉ごっこしてたの怒ってるのかな!片方がポップコーン投げて片方がそれを口でキャッチするやつ、ノボリさんは下品だからやめなさいって言ってたけどクダリさんがあんまり上手に口キャッチするもんだから対抗心が湧いてきちゃってついノボリさんに隠れて遊んじゃったんだよねバレてないと思ってたのに!ぐいぐい突っ込まれるバナナが奥の方まで来るからおえってなってちょっと苦しくて、内腿を撫でていた手を剥がしノボリさんの乱暴な手を押し返す。ぐいぐい来る力がもっと強くなった。ぜ、全部ちゃんと食えってことか。俺の酒が飲めないのかー、はよく聞くパワハラだけども、わたくしのバナナが食べれないのですかーなんてめったに聞かない話だ。


「ぁに、怒ってぅんれふか?」
「怒ってませんよ?」


優しい声音の割にはぐいぐい来るので必死に顎を動かす。ノボリさんは無感動にこっちを見ていた。


「………んっぐ……う、はぁー…」
「美味しかったですか?」
「餌やりされてる気分でした」
「ふぅん」


微妙な顔で皮をぽいとゴミ箱に入れて(あとで皮だけ給湯室のゴミ箱に移しておこうと思った)、ぐりぐりと手袋に包まれた指でわたしの唇を拭ってくる。ら、乱暴な。


「いひゃ、いひゃいれす」
「これは失礼」
「うー…ていうかノボリさんの手袋に口紅ついちゃったと思いますよ」
「代えますから別にいいですよ」


汚れた方の手袋を外して、おもむろにノボリさんはわたしの胴をガッと掴んだ。思わずソファの上で飛びあがったら、スプリングの軽くきしむ音がした。


「おぎゃぁぁぁぁ!?おっお腹掴まないで下さい!」
「………やっぱり、少し細くなったんじゃないですか?」
「え!わかりますぅー?実は体重ちょっと減ったん、」
「えぇ、胸が一層貧しくなったようで」
「ノボリさんほんと不能になればいいのに」


冗談ですよって言いながらお腹を撫でまわしてくるノボリさんほんと最低だと思う、女性に胸が貧しくなりましたねとか普通言わない。見てくれは良いのに中身のがっかり加減がはんぱない。むかついたからこっちもお腹撫でまわしてやった。筋肉ばっかでけちのつけようがなかった。う、うらやましい。


「ノボリさん何食べたらこんな細くなるんですか…?」
「あなたみたいに間食しなければこうなります」
「うそー、だってクダリさんはわたしと同じくらいおやつ食べますもん。でもノボリさんと同じくらい痩せてる」
「じゃあ基礎代謝の差じゃないですか」
「ふむー……」


基礎代謝か、なるほどねー。そりゃそうかも、男性と女性は必要な摂取カロリー違うもんね。それにしてもじゃあ努力しないでもこの隠れマッスルボディってこと?羨ましいなぁ、脱いだら意外と筋肉付いてるんですよ、みたいな。シャツ越しでもわかるこの割れた腹筋!いいなぁいいなぁ。しかし筋肉は鍛えたらつくだろうけど胸ってどうしたら育つんだろうね?いつのまにかわたしのお腹からノボリさんは手を離していて、ゆったりソファに腰掛けてるノボリさんの、その膝にまたがったわたしひとりがべたくた彼の腹筋を撫でまわしていた。


「楽しいですか?」
「え?………ハッ、すいません膝乗ったりして!」
「あなたのその線引きがよくわかりませんね、異性の腹を撫でまわすのはアリで膝に乗るのはナシなのですか」
「そりゃそうでしょう」
「そうなんですか」


さわっ、ってノボリさんの指が太ももをすべるからぞわぞわ鳥肌がたった。「やめて下さいよ太もも太いんだから!」男の人とは思えないくらい白くて細い指を剥がしながら不機嫌に言ったら、じいっと値踏みでもするように目を細めている。そういう時のノボリさんって、なんか個体値判定するときのジャッジさんみたいだなぁといつも思う。


「ところで冷蔵庫のあの海産物何なんですか結局」
「なまえに見せたら嫌がるかと思って買ってきました」
「嫌がらせでしたか」
「いいえ、どちらかというとセクハラです」


真顔で言うので思わずぷっと笑った。セクハラっていうか、下ネタジョークだよねあれは。ぷすぷす笑いながらノボリさんの腿の付け根をすりすりしたら「きゃーやめてくださいましー」だなんてしらじらしく拒否された。


「ほんとはこうされるの嫌いじゃないくせにー」
「わかっちゃいますか?実はそうなんですよ」
「わかっちゃいますよ」


だってねぇ、ノボリさんってどこの部位だろうと、撫でたらすごくとろんとした顔になるんだもんね。眠いチョロネコみたいな潤んでとろけた目するんだ。きっとスキンシップが好きなんだろうと思っている。でもほら、職場も男ばっかりだし家族もクダリさんという男兄弟しかいないわけで、だから人肌に飢えてるんだろうなぁ。彼女作ればいいのに。首の後ろに手を這わせて撫でてやったらまたとろんとした顔をしてた。


「この間クダリになまえにべたべたセクハラするなと怒られましたよ」
「やぁだ、セクハラなんかされてないのに。変なクダリさん」
「そうですよねぇ」
「ねー」


頬に当てられた手のひらがあったかい。つつつと手袋に包まれていない手の、親指で唇を撫でられたから、その指先をぺろっと舐めてかりっと爪先をかじってみた。ノボリさんはぶるりと小さく身を震わせたあと、目を細めて実に嬉しそうに笑った。そういえばノボリさんの手持ちにはふわふわとかもふもふとかの癒し系ポケモンがいなかったから、わたしはこの人に飼い犬的なポジションとして認識されてるんだろうなぁと思っている。実際仕事もあんまり手際よくないしトレインにも乗らないし、雑用係件アニマルセラピー要員、的な。それならそれとしてきっちりお仕事しようじゃないですか。思う存分なでなでされてやりましょう。ぷつんと胸元のボタンが外されたのにも、大した意識は払わない。






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