ある目撃者Aの証言






流石に草木も眠る丑三つ時ともなると、昼間は活気のあったギアステーションもしんと不気味な静けさに満たされている。足音をひそめ、ブーツの裏のゴムの音さえなるたけ鳴らさないよう慎重にコンクリートの上を歩いた。駅の見取り図は目を閉じなくても脳裏に描き出せるくらい頭へ叩き込んだし、管理室へ侵入するためのキー(もちろん正規ルートで手に入れたものじゃない、むかし鍵屋をやっていたという団員が苦労して複製してくれたカードキーだ。普通の鍵屋はカードキーまで作るのかと聞いたら曖昧に微笑まれたので、もしかしたら企業向けの高セキュリティに特化した鍵屋でもやっていてその秘密はばらしたくなかったのか、さもなくば鍵屋のフリした空き巣でもやっていたのかも)だってきちんとポケットに入っている。闇に紛れ込むには少し苦しい白っぽい団服を翻し、足早に管理室へ走った。今日のこれが今後の作戦の要となるのだ。ここバトルサブウェイの気違いじみた廃人どもからポケモンを解放するための。


(でも、こんなに構えて来る必要もなかったかもなァ…)


なんせ構内には人っこひとり居ない。夜とはいえ警備の見周りくらい居るだろうと思ってさいみんじゅつを覚えたミネズミと一緒に来たが、どうやら身構えすぎだったようである。自分のひそやかな足音と、ミネズミのちゃかちゃかとコンクリートを掻く音しか聞こえない。「…楽勝だな」「ぼふぅ」毛がモフモフですべすべした前足と手をつなぎながら、管理室のキーを解除して滑り込んだ。


「よし。ミネズミ、管理パネルの……あ?」


誰もいないからてっきり部屋の中も真っ暗だと思っていたのだが、予想に反してそこは明るかった。いや、明るいと言ってもさっきまでいた廊下と比べての話であって薄暗いことに変わりはないのだが、暗闇に慣れた目は電子パネルから溢れる光にすら一瞬くらんでしまいそうになる。


「な…何だコレ。何で制御パネル点いてんだ?」
「きぃっ」
「…何でだと思う?あいつら夜誰もいなくてもこれ点けっぱなしなのかな」
「ぼふぅ…」
「あ、ゴメンそんなこと言ってもわかんないよなァ…。とりあえずやることやっちまわなきゃ」


バトルサブウェイの管理は、クラックを防ぐために外部から完全に独立したシステムを構築している。ネットワークの類には接続されておらず、したがって内部データの改竄や乗っ取りをかまそうと思ったら直接ここへ来て操作するか、さもなくばここのコンピュータ系をオンラインに設定させるしかない。らしい。俺も詳しいことは理解できなかったが、とにかくメインパネルからマザーのプログラムをいじくって外部ネットワークとつないじまえばいいのだ。これで上書きしてきてね!と同僚から朗らかに渡されたチップのような物を引っ張り出し、こじ開けた制御パネルの挿入口に突っ込んだ。ぷしゅっと気の抜けたような小さな音がして、データチップが飲み込まれ読みこみを開始する。スゲーな、本当にこんなんでシステムのプログラムとかいじるんだ。あいつ何者なんだ。


「しかしさー、こんなコソコソしなくったって良いよなァ…泥棒みたいなさ。ポケモン解放って悪いことじゃないのに…正々堂々行きてーよ」
「………………ぶふー…」
「あ…眠いのか?」
「きぃー」
「これ終わったら帰れるから…ボール戻ってる?」


ふるふると首を振って拒否の意を示した後、ミネズミは椅子に腰かけたままの俺の膝上へよじ登って丸くなった。あーこいつ超可愛い。すべすべの毛皮を撫でてやったら手袋越しにその体の温かさと生き物なりの硬さが伝わってきて落ち着く。こいつらだって立派に生きてんだ、俺たちの都合でボールに閉じ込めて付き合わせちゃ可哀想だよな。やっぱりポケモンを不当に痛めつけるトレーナーからは、解放させてやらなくちゃいけないに決まってる。ぎゅっと反対側のこぶしを握り締めた。


「………?」


視界の隅に光る点が動いた、気がした。何だ?視線を向けた先は、トレイン制御のモニター。確かATOシステムとかそういう名前のやつ。


「電車、動いてるのか…?」


曲がりくねった薄緑のライン上を、ちかちか瞬く光がひとつだけするすると動いている。路線図と照らし合わせてみるに、ダブルトレインだと思う。クソ、まだ駅員が残ってたのか。しかし終電もとっくにおわった今、何のためにバトルトレインなど走らせている。


「ンだよやっぱ見回りいんのかよ。……ハハ、でもモニタールーム無人放置って馬鹿じゃね」


タッチパネルをぎこちなく動かして監視カメラ映像に切り替える。大画面を細かく分割する各カメラからの映像をざっと見渡して、あ、コレだ。手を伸ばし選択しようとして、そして気付いた。


「ちょ…えッ!?」
「ぎぃっ!?」


びっくりして引っこめた腕が丸まって眠っていたミネズミの耳をこすってしまったらしく、膝の上から非難めいた鳴き声が上がる。あわててご機嫌とりに撫でさすって謝って、それで気を良くしたのかミネズミは俺の膝へ立ってモニターを覗き込もうとしている。


「だっダメだ!おまえは見るな!」
「ぼふー!」
「ダメなものはダメだ!おめめイナイイナイしてろ!」
「ぼっふぅ」
「あっ!バカ、待てってば…ゲッ」


はしゃいだようにモニターへ這いあがるミネズミに、とっさに表示を消そうとしたが手元が狂って、よりにもよって問題のカメラ映像を大画面表示させてしまった。一窓に絞ったせいで、その映像に付随する音声までもスピーカーからたれ流され始める。


『ふァッ!ぁっ…んッあ、はぁん、…ヤぁ…んんっ』
『あは、なまえかわ、いー。ハァ、っあ、ふッ』


いっそわざとらしいくらい甲高くて艶っぽい嬌声を上げている、多分女、に、白いコートの、恐らくサブウェイマスターが覆いかぶさって何かを、ていうかナニかを、していた。長ったらしいコートがふたりの姿をほとんど覆い隠してしまっている為に残念ながら…いや残念ながらって何だよ違うだろ。幸運なことに、決定的な部分は見えない。サブウェイマスターの首元へ、すがりつく女の腕が見える程度。クソッ!
ほっぺたに手をやってぱちくりしながら首をかしげたミネズミに、ハッと存在を思い出し慌ててそのくりくりした目を手で覆い隠す。ぎー!と不満そうな鳴き声を上げた。ばかやろう女の子がこんなもん見るんじゃねぇ。


『んっぁ、あっあっあっんッァあ、はふ、ぁン』


マイクが遠すぎるのだろう、水音なんかは拾わずに、ただひたすら媚びたような甘ったるい声だけ届くのがやたら現実味にかけていた。何と言ったら良いのだろう、チャンネルを適当に回していたらたまたま地上波で流していた映画のエロシーンにぶち当たってしまった時のような。興奮するっちゃするのだが、抜くつもりもなく惰性で見るだけのあの感じ。揺れるコートの裾がせめてもっと短かったら見えたかも知んねぇのになァ大体カメラの位置も悪い、もっと低い位置に付いていればなァ。屈みこむように監視モニターへ見入っていた俺は、そんなだから上書き終了したら画面が一度青くなって再起動するからね、と言っていた同僚の言葉もすっかり忘れていた。そして、メインパネルが赤く発光していたことにも気付けなかったのだ。何と言う不覚か。


「バチュル、糸を吐く!」
「え゛ぁ゛ッ!?」
「御用だ御用だ!やいやいプラズマ団さん、残念ながらあなたはもう逃げられません!」
「なまえ…徹夜の頭に響きますもっと声小さくして下さい」


背後からネトつく糸が絡まったと思ったら、あっという間にぐるぐる巻きにされて椅子ごと後ろ向きに倒れ込んだ。背中から行ったのが幸いして腕の中のミネズミは無事だったようだがしかし、突然の事にもごもごともがき俺の腕をひっかいてあばれている。いてぇ。


「ぷ、クク……あは、君って馬鹿!素人モノとか好き?そんなに面白かった?」
「あ、ちなみにあれフリですからね!どうだまいったか!」
「いや何にだよ」
「まさかこんな冗談みたいな手でひっかかるとは。普通はあのようなものが流れていても目的さえ果たしたらすぐに退散するものじゃないんですか?おかげで管理室に閉じ込めるどころか隙だらけのところを拘束することまでさせていただけましたが……ブフ」
「おい何笑ってんだサブウェイマスターてめぇ」


ニタニタと三者三様にニヤついている馬鹿どもをにらみ返す。セキュリティならばもっと他に手があるだろうに何故こんなものを用意しているのか全く意味が分からない。もしかして俺みたいなやつをからかうだけに流しているのではあるまいな。ばっかじゃねぇの。


「あーいいもの見たー。おひさま出る頃になったらジュンサーさん呼ぼうね。僕もう寝たい」
「え、あの人ここに放置ですか…?」
「良いでしょう別に、不法侵入ですし動けないでしょうし」
「うーん、そうですね!あ、でもでもミネズミちゃんは可哀想だからボールに戻して置いてあげましょう」


俺の手にミネズミの空ボールを押しつけてにっこり笑うから、しぶしぶ戻るように指示した。ポケモン一匹分スキマが空いた糸から逃れられるかとも思ったけれどべとべとした糸はどうも脱出不可能そうである。腕の中のすべすべした生き物がいなくなって急に心細くなった。


「あー…眠いぃー…」
「うんうん、もう寝よ寝よ。一緒にベッド行こ一緒に寝よ」
「…うん?一緒に寝るのは遠慮しますけど」
「えー何で?」
「何でって…何とか言ってやって下さいよノボリさん」
「クダリ、なまえはわたくしと寝たいそうですよ。手を離して譲りなさい」
「……ウン?違いますけど」
「は?ノボリ意味わかんない…なまえのこれは、照れ隠し。本当は僕と一緒に寝たいって思ってる!」
「ひとりで寝たいです」


馬鹿どもが何やら女の腕を両側から掴んでやいのやいのしている。注意がそれたスキに逃げだせないかもう一度身をよじったがやっぱり糸は強力に絡みついていて剥がれなかった。


「だ・か・ら!なまえと寝るのは僕!なまえとイイコトするんだってば!」
「女性の気持ちを優先出来ないとはクダリ、男の風上にも置けません。なまえといちゃにゃんするのはわたくしでございます」
「待って待って待って下さいふたりとも疲れてますか?そんなに徹夜辛かったですか?」
「寝ないのはまだ大丈夫、それよりヌけないの辛い」
「全くです」
「これでも我慢したよ?あのカメラのやつ、撮る時結構やばかったムラムラしっぱなしだった!」
「じゃんけんで負けさえしなければわたくしがあのポジションにおさまれたものを…」
「おいお前ら女の前でなんて話してんだ」


あれ、君いたの?とでも言いたげに白い方がこっちを向いて少し目を見開いた。居たに決まってるだろこちとら動けねぇんだよ。女の方もやっと俺の存在を思い出したのかこっちを振り向いて、「何、てつどういんって上司の性欲処理までしなきゃなんねぇのか。超絶ブラックだな」「そんなわけないじゃないですかぁぁぁ!」「え、じゃああんたそれと付き合ってんの?どっちが恋人?」「どっちも違います!たっ助け、」がぶ。黒い方に食べられるみたいなキスされてた。……何でこんなもん見せられなきゃなんねぇの?新手の拷問?


「んむ、らひゅけ、れ、……ぁむっ…ぅ!」
「だぁめ、この人には一晩ここで反省して貰うんだから…あ、見ててもらいたい?それなら別にいいよ、拘束はしたままにするけど」
「ん……はぁ。それもいいかもしれませんね、どうします?なまえ」
「ぷぁ!…げほ、やだに決まってるでしょう全部却下です!」
「んー、君がそう言うならそれでいいよ、じゃあ仮眠室いこ。三人でいいよね?」
「構いませんよ」
「かまいませんくないですよ!構いますよ!ふたりとも放して!……た、たすけてー!」


目だけで明確な恐怖を訴え、女は俺に助けを求めていたが、男にしたって平均よりだいぶ身長の高いふたりに両脇を固められズルズルと引きずられて行ってしまった。断末魔を残しぷしゅっと閉じたドアを見つめ、……何だったんだ本当に。あんなのがサブウェイマスターでいいのか、職場で盛ってんじゃねぇよ強姦魔じゃねぇか。


何かがまた動いた気配がしてそちらへ視線を送ったら、俺に糸を吐きかけたバチュルが楽しそうに複眼を細めながら小さい体で監視カメラモニターを眺めていた。糸を器用に操ってパネル操作をしているようである。ぷつッと音声の繋がる音のあと、さっきの艶めいた嬌声よりはだいぶ色気のない、ガキの悲鳴みたいな声とゲスいふたり分の男の声が響いてくる。


『あと一センチでも近寄ったら噛み砕きますからね……!』
『わぁコワーイ。じゃあノボリ、なまえの口塞いどいてね』
『言われなくても』
『ノボリさ…ふぐっ!んんー!んむぅ、……んッ……んんー!!』


うわぁ俺これ聞きながら転がってなきゃいけねぇの。バチュルを見たらぱりぱりと静電気で体毛を膨らませながらモニターを見つめキャッキャしている。意味も分からずただ単に、ご主人とその友達がじゃれ合ってるように思ってるだけなのかもしれない。ポケモンの教育になんて悪い事をしてんだあいつらしね。やっぱりこいつらからは即刻ポケモンを解放してやるべきだ。あんまりだ。


『んぁん、やぁ…!ノボリさ、やん、やだっ』
『ノボリばっかり名前呼ばれんのズルい、僕の名前も呼んで』
『ひぁ!く、クダリひゃん、やらぁ、触っちゃや……んん、ぁふ』
『いつもそうやって従順にしていらっしゃれば可愛いらしいのに、なまえ』


可愛らしいのにじゃねぇよ鳥肌立つだろサブウェイマスターふざけんな。耳を塞ごうにも腕すら動かせないこの状況、堅く目を閉じ、せめて俺のかわいいミネズミがこんないかがわしい会話を聞かなくてすんだということにだけ感謝しようと思った。






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