本人を目の前にして手紙書くなんて羞恥プレイもいいとこだ








返事はあとで直接聞かせてもらうから、じゃあね!なんてあのときは軽い調子で言ったフリしてたけど実際は心臓バクバクだったし緊張しすぎて指先冷たくなってたし暑くもないのに背中にじんわり汗かいてたし喉がからからにかわいてた。今だってあとちょっとでなまえの業務が終了する時刻になってしまうことを示す時計の針を見つめながらぐるぐるぐるぐるいろんなことを考え込んでしまっている。フられたらどうしよう、とか冗談でしょって笑われちゃったらどうしよう、とか。それから、もしかして、あはは何この文章、だっさいラブレター!だなんて言われちゃったら僕しばらく立ち直れないよ。組んだ両手に額を預けてため息をつく。あぁ、手紙なんか書かなきゃ良かったかもしれないなぁ。どうしよう。返事、聞くの怖い。


「…………ん」


さいてーなこと思いついた。急いで更衣室に向かってノボリのロッカー遠慮なく開ける。中にはハンガーにかけられた黒いコート。ばさっと羽織って、鏡を見ながら口角をきゅっと両手で引き下げる。…ノボリの、完成。帽子は自分のロッカーへしまって、ちょっとくしゃっとしてしまっている髪の毛は手のひらで撫でつけて整えた。ごめんなまえ、僕怖がりなの。少しだけ心の準備、させて。はやる気持ちを抑えこつこつとゆっくりめな速度で戻る。がちゃりとドアを開けるともうそこにはなまえが来ていて、デスクで何か書きものをしていた。歩み寄る。


「なまえ?」
「わ!…あっ、えっ、え?」
「お疲れ様です」
「お、お疲れさまです……?」
「誰か待っているのですか?」
「へ、あ、クダリさんを待ってました」
「クダリを?」
「そうですよ」
「そうですか。…何を書いていらっしゃったんですか?」
「………クダリさん宛ての、お手紙です、けど」


…僕宛の手紙?僕、直接返事聞くって言ったのに。こんなことしてる僕が言えたことじゃあないけどさ。ノボリの顔を作ったままでなまえの顔を覗き込む。彼女は挙動不審気味にきょろきょろ目線を泳がせると、かぁっと頬を赤くし急いで便箋を裏返した。


「あ、なぜ隠すのです」
「恥ずかしいからに決まってるじゃないですかー!」
「いいから、見せて下さいまし」
「やだやだ!やです!」
「なんです?ラブレターですか?」
「わっ悪いですか?」
「わ、るくない、です」


どきっとした。だってラブレターって言ったら、普通おことわりの返事じゃない、よね?期待に胸が一層ドキドキする。……でもなまえ、僕とノボリを見分けてくれないんだなぁ…。ちょっと、いやかなり、寂しいかも。


「見せて下さい」
「いーやーっ」
「何でですか。わたくしアドバイス致しますよ?」
「………アドバイスって」


そんなんいらないですもん、って唇をとんがらせてもごもご呟きがならそっぽ向いたなまえが可愛らしい。視線が離れてガードが甘くなった瞬間、ぱっとなまえの手の下から手紙を抜き取る。表にひっくり返して、


「…………宛先しか書かれていませんが」
「だって、まだ書き途中だったんだもん……」
「なんて書こうと思っているんですか?」
「……それが決まんないんですよ」


だってね、改めて書こうとすると、なんかどれもこれもありきたりであたりまえ過ぎる事しか浮かんでこないんですもん。返事書けばいいだけだけどあんな手紙貰ったのにイエスかノーだけで返すとか、それはしたくないかなー、って、思って……でも言葉は見つからないし、普段たくさんたくさん思ってることあったはずなのにペン持つと出てこなくて、好きって言うのなんて気恥ずかしいじゃないですか、でも書きたいし、でも、でも………頭を抱えながらぶつぶつ呟いてるなまえの声にかっと顔が熱くなる。僕におくる言葉をそんなに選んで、迷って、悩んでるなまえが愛しくてたまらない。ペンを持つだけで気持ちは高ぶってるのにうまく文字にならないの、わかる、だって僕も君に手紙書いてるとき、同じ気持ちだった。髪の隙間からのぞくなまえの耳が真っ赤になっている。嬉しい、かわいい、大好き。


「なまえ?短くたって大丈夫です、伝わります。正直にそのまま書けばよろしいのです」
「………正直に?」
「ええ」
「しょうじき…………」


なまえはしばし考えるように腕を組んでから、僕に見えないように背中で隠しながら便箋へ短く何かを書きこんで、綺麗な淡いピンク色の封筒に入れた。


「じゃあ、はい」
「……え?……………あ、クダリに渡せと言うことですね?わかりましたお預かりしま…」
「ばかー!そんな茶番いらないです!わたしはあなたに渡したんです、クダリさん!」
「…えぇ!なっなんで」
「わかるに決まってるじゃないですかクダリさんのばか!」


なまえがほっぺたを赤くさせた顔のままぷんすか怒っている。「間違えるはず無いでしょ!クダリさんとノボリさんの区別なんて簡単につけられます!」差し出された封筒を震える指先で受け取る。どうしよう最初からばれてたってことじゃんすっごい恥ずかしい。やりとりを思い出して居心地悪さと気まずさと羞恥心にくらくらした。顔が熱い。


「へ、へんじは直接聞くって言ったのに、お手紙?」
「それクダリさんが言います?わたしクダリさんがノボリさんの格好してきたの見て昼間のアレはからかわれたんだって思ってすっごい悲しかったんですからね」
「う、ご、ごめん」
「…………わたし、からかわれたんじゃないんですよね?」
「…そんなわけないよ。からかってなんかない」


かさっと封筒から一枚、便箋を抜き取った。「えぇ!今ここで読むんですか…!?」「だめ?」「だめじゃないですけど…っ」ぺらっと開いて目を走らせたそこへ並んでいたのは僕が何より欲しかった、たったいっこだけの言葉。


「なまえ?」
「はい・・・・・・・・」
「あのね、ありがとう」
「はい?」
「なまえ、ぎゅってしていい?」


おずおずと差し出された腕ごと包み込んで、痛くないようにそうっと、でも絶対逃がさないように抱きしめた。心臓がドキドキする。幸せすぎて息も出来ない。なまえの耳元に唇を寄せて囁いた。「僕、君のこと世界で一番しあわせにしてあげるからね」だいすき。続けた言葉に僕の胸から顔を上げてなまえが返す。「もう多分、世界で一番幸せです」照れたようにはにかんだなまえが大好きすぎて愛しくて可愛くて、僕どうしよう。うん、そうだね、僕もいま間違いなく、世界で一番しあわせだよ。






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