最近の僕らの日常
「だーれだっ」
「その声は……トウコちゃん!」
「なまえのバカァァァ!!」
「冗談です、クダリさんですよね。手、離して下さい」
「うそうそ、実はノボリでしたー」
「ちがいまーすあなたはクダリさんでーすノボリさんはこんなことしな……こんにちはノボリさん」
「こんにちは」
「プププうけるー!なまえってば僕たちのこと間違えた!誰だって言ったのは僕だけど、目隠ししたのはノボリ!」
「うっさいですなークダリさん、手だけで誰だかわかるはずないじゃないですか!双子だし!」
「騒がないで下さいうるさいですよ」
「はーいごめんなさい」
「なまえ夕ご飯のお買いもの?」
「そうですよぉー」
「なに作るの?」
「うーんと、煮込みます」
「何を?」
「何かを」
「…随分アバウトだね」
「目についた野菜とかお肉とかを適当に買って煮込みます」
「それは鍋と言うのではありませんか?」
「あぁ、じゃあお鍋で」
「適当だなー」
「クダリ、わたくしたちも今晩は鍋にしましょうか」
「んーいいけど、何鍋?」
「適当で」
「…ちゃんこ鍋ってこと?」
「ではそれで」
「あっねぇねぇ、じゃあ二人ともウチ来ません?適当に各自好きな食材買ってー、一緒にお鍋しましょうよ」
「え、すっごい不安なんだけど」
「お邪魔させて頂きます」
で、いま僕らはなまえのおうちで鍋を囲んでいるわけなんだけど。どうしてだろうね、部屋は真っ暗。卓上ガスコンロのぽうっとした青い火だけがこの部屋で唯一の光源だ。炎の光をきらりと跳ね返して時々ノボリとなまえの目がひかる。
「……なんで電気消してんの?」
「そうですよなまえ、電気を消したのではポン酢がどこにあるか見えないではありませんか」
「僕が言いたかったのはそういうことじゃない」
「失礼、クダリはしょうゆ派でしたか」
「ノボリ、僕が言いたかったのはそういう事でもないよ。調味料から離れて」
だってみんなで集まって鍋って言ったら電気消すじゃないですかー、ぶつぶつと呟きながらなまえが蛍光灯のスイッチを入れる。絶句した。
「へ……」
「ちょ……なまえ、あなた何入れたんですか!?」
「うぇぇぇ?!何これ気持ち悪い!」
ぼこぼこと粘性の液体が絶えず沸騰を続け大きな泡を吐き出している。鍋の中身は薄緑に染まり、時折ごぽりと泡がはじけていた。おたまで掬いあげるとどろりと糸を引いてぼたぼたと何か得体のしれないものが垂れ落ちる。
「き、キモー!?ちょっと君ら何入れたの!?」
「わたくしふえるわかめと片栗粉しか入れておりませんよ!」
「何で片栗粉なんか入れちゃったんですか!?とろみですか!とろみつけようとしたんですか!中華風ですか!」
「そっそういうあなたは何を入れたんですか!」
「わたしはとろろこんぶしか入れてないです!」
「何!?とろろこんぶって何!」
「え、知らないんですかクダリさんやばー」
「少なくともお鍋に入れるものではないんじゃないかなぁ!?」
「ちょっと、誰ですかモチ入れたの!ドロドロになってるじゃありませんか!」
「え、僕だけど」
「うわーめっちゃいろんなのと絡まってる、クダリさんおモチ責任もって食べて下さいよね!」
薄緑でどろどろした謎汁が僕のお椀になみなみ注がれるのを阻止できなかったけれど、わかめと昆布と片栗粉とモチくらいだったら許容範囲だ。この異様な粘度は片栗粉と昆布のぬめりだろう。そう思って椀に口を付けたら謎の甘さが口内に広がり、予想外のそれに悶絶した。「あ、クダリさんあたりーチョコレート入りーハートスイーツでラブ注入ー」ゲラゲラ笑うなまえも椀の中を見ないで箸を突っ込み何か緑色のものを咀嚼した瞬間奇声をあげのけぞって床に後頭部をぶつけていた。「ハハハなまえもあたりですね、わたくし実はわかめと片栗粉以外にもゴーヤを鍋に入れておきましオブゥ」口を押さえコタツ布団にノボリは顔を押し付けた、どうやら僕の入れたハバネロを引いたらしい。ゴホゴホと涙目になって湯呑みからお茶を飲もうと手を伸ばしたノボリは、果たしてそれを口に含んだ瞬間再び咳こみだす。うん、誰かのお茶だけ青汁が入ってるんですよとこっそりなまえが教えてくれたがノボリがそれを引いたみたいだね。兄弟の悶絶を尻目に、冬には似つかわしくないが麦茶の入ったガラスのコップを持ち上げた。ギロリとノボリが恨めしそうに見てくるが危機管理意識が足りなかったのが悪いね、この子の家に来て何事もなく夕食が終わるなんて思っちゃいけないよ。ごくりと飲みほしたそれはめんつゆだった。うわぁぁぁぁぁ最悪!必死に飲み込み涙をこらえていると、まだ青汁の後遺症か眉間にしわの寄ったままのノボリがこちらを見ながらニタニタと笑っている。このやろうノボリの仕業か。なまえに視線を移したらなまえもニヤニヤと笑っていた。こいつら共犯か。「ノボリさんもクダリさんもどうしたんですかァー?」口の開いたペットボトルからなまえはコップにカルピスを注ぐ。「うふふ、たーのしーですね!」にっこり笑ってぐっとそれを煽った彼女に僕とノボリは顔を見合わせてにやりとする。「まずッ!?」さっきなまえがキッチン行ってる間に薄めた牛乳入れといたんだよね!おえぇぇと口を押さえてる彼女、しかし自分もめんつゆのせいできもちがわるくって仕方がない。「においで気付きなさいクダリ」そういうノボリこそ緑茶と青汁の違いわかんなかった癖に!
ごぽんと鍋の中で泡がはじけ、ぶわぶわ膨らんだふえるわかめが鍋の淵から溢れだした。ふえるわかめはふえるわかめと銘打っているだけあって、鍋の表面を覆うほどにふえてしまっている。「うわー、わかめととろろ昆布からまってマジ禁断の練成術…これ誰が食べます?」ひとつだけはっきりしていることは、僕らのうちの誰ひとりとしてまともな夕食にする気がなかったという事であった。