スイーツ系男子






それが少しおかしい事だと気付いたのはいわゆる思春期を幾年か過ぎたころだった。体の成長と同じように心の成長速度にも個人差があるのは当然で、だから今はまだないけれどいつかは自分もきっとそういう経験をするのだろうと思っていた。が、そう納得してから今年でもうかれこれ十数年になる。僕はどうやら他人を愛することが出来ないみたいだ。


「え?何?ぼくにお菓子、くれるの?…えへへ、嬉しい!ありがとう!」


いわゆるエンジェルスマイルを振りまきながら白いコートをおんなのこのフレアスカートみたいにふわっとなびかせてコンクリートの壁に軽やかな足音を響かせつつ歩く、白いサブウェイマスターこと僕の名前はクダリです。トレインに乗るわけでもなくダブルトレインのホームで僕を待ち構えてたおんなのこたちから手作りのクッキーだとかかわいいペロペロキャンディだとかをきゃーきゃーした声と一緒に両手いっぱい受け取って、今はノボリに呼び出されて休憩室に向かってる途中。今日の挑戦者も手ごたえ無かったみたい。ノーマルだってのに18両目であっさり敗退・下車、そんなの全然楽しくない。ちょっとしたイライラ混じりにぱきっとキャンディの端っこを齧り割って口の中で転がす。鋭利な欠片が舌に刺さって小さく痛みが走った。


「あのぉー、クダリさんよかったらこれ!どーぞ!」
「え!なになに?…お菓子!だいすき!ありがとー!」
「どういたしましてぇー!」
「やだぁクダリさんかわいーっ」
「かわいーい!彼女とかいないのかなぁー」
「ん?なぁに?」
「なんでもないでーす!」


かわいー、だってさ。ばいばーいって大きく手を振って踵を返して、おんなのこ達に背中を向けたらすぐ笑顔をひっこめる。革靴でかつかつ床を叩きながらがさごそビニールのラッピングをほどいた。マドレーヌ、フィナンシェ、カップケーキとそれからよくわかんないけどなんだろこれ、スコーン?がぶっと噛みついたら口の端からぽろぽろ食べきれなかったかけらがこぼれる。指先で唇をさらってぺろっと舐めた。彼女ねぇ。他人を好きになれないもん、僕。いーじゃん、天使みたいなクダリくんはまだまだ恋なんかしない設定で。ね。ごくりと飲み込んだ。かわいーんだって僕。こういうお菓子が似合うんだって。ふふ、笑っちゃう。名前も知らないようなおんなのこが寄ってたかってかわいーかわいーって、あぁほら、また!


「く、クダリさん!あの!」


なーに?ってちょこんと傾ける首は大げさにならない程度の斜め75度、軽く肩をすくめて目はぱちくりさせて、仕上げに唇を無邪気っぽく吊り上げて笑えばほらこの子も安心したみたいに照れて笑うんだ。僕が内心何を思ってるかも知らないで、ばっかみたい。


「あの、クダリさんいつも他の人にもいろんなの貰ってるし、迷惑かなってあの、思ったんですけど、これ」
「ぼくに?いいの?わぁー、ありがとう!大事に食べる!」
「そ、それじゃ!」


走ってく後姿見送って、今日はこれで何人目?やっとスタッフオンリーの扉が見えたところでやっと安堵のため息をついた。まだお昼前なのにどっと疲れた。そう言えば呼び出しの内容はなんだったかな。新人研修何とかかんとかの顔合わせとかだっけ。男だといいなあ、おんなのこはすぐクダリさんカワイーって言って、疲れる。だったらノボリみたいな仏頂面で相手すればいいんだけどね。がちゃんと扉を開けた。……はぁ、おんなのこ。


「あぁクダリ、やっと来ましたか」
「ごめんね!遅れちゃった!お客さんにいっぱい差し入れ貰った!」
「クダリ、こちらなまえです。新人の」
「なまえ?そっか!あのね、ぼくクダリ!よろしくねなまえちゃん!」


にっこー、やめときゃいいのに特上スマイルの大サービス。僕ってサービス精神旺盛すぎ。口を開こうとしたなまえの手を両方ともぱっと取ってぶんぶん上下にシェイクするとびっくりしたようにぱくぱく口を開閉させてから、へらっとその子は笑った。あぁ、やっぱこの子もクダリさんカワイーって言うんだろうな。別にどうでもいいけど。


「よろしくおねがいしますクダリさ、」
「クダリ、なまえに駅の案内を。なまえ、クダリに案内してもらって構内を把握してきてください」
「あ、ハイ!」
「えー、ぼくまだなまえちゃんとおしゃべりしたーいっ!ノボリのイジワルッ!」
「はやく行きなさい」


しょーがない!ノボリ、カタブツ!いこっなまえちゃん、ってなまえの手を取って元気っぽくスキップ交じりに歩き出した。「ここシングルトレインのホーム、ここダブルのホーム、ここスーパーシングル、あっちがマルチであそこが改札!で、こっちがカナワ行きのホームでー、」説明しながら歩いて、それにふんふんと相槌を打ちながらなまえちゃんはてくてく僕の後ろをついてくる。「そんで、ここがスーパーダブルのホーム!本気のぼくがお相手!ここに挑戦できる人、そんなにいない!みんな強い!ぼくもこう見えてすっごい強い!」ばっ!っと腕を広げてくるりと一回転、得意気なカオしてにっこり笑った。完璧。


「なるほど、確かにこのホームはお客さんも強い人ばっかりって感じがします。…あのスキンヘッドの人とか、すごく強そうですね…」
「………?うん、そうだね多分あのお客さんも強いよ!」
「あっちのエリートトレーナーさんも強そうですね…あの脚たまんね」
「う、うん?」
「あっちのOLさんもすごく強そうですね。スタイルもいいしすっごいかわいい、うふふふ」
「なまえちゃん…??」


なんだこの子ちょっとおかしい子?僕が目の前でこんなににこにこしてるのにスーパーダブルのホームでトレイン待ちしてるお客さんの品定め、ばっかしてる?「あ、すすすいませんちょっとうっかりテンションあがって、しまいまして…えっと」
「い、いや大丈夫だよ!」
「あ、クダリさんも可愛いと思います」
「え、そー?ぼくが?なんで?」


なーんだやっぱりこの子もカワイーカワイーの子じゃん。くりっと目をおっきくさせてなまえを見つめた。もちろん人差し指を立ててほっぺたに当てるのを忘れない。小首を傾げてなまえの言葉の続きを待った。


「はいー、すごく可愛いです。ドア開けてわたしを見た時のあのめんどくさそうな顔、クセになりそうでした」
「……え?………………なんて?」
「あ、いえ何でもないです。ただわたしと目が合った瞬間ちょっと嫌そうな顔してたかなーって、思って」
「え、いや……違うよー、またノボリにお説教されるのかなって思ってヤダなーって顔になっちゃってたんだよ!」
「あ、そうだったんですか」
「そうそう!」


ちょっぴりひきつったかもしれない笑顔を無理矢理作って顔に張り付けた。なんだこいつ。僕ら面接の時に一回合ったかもしれないけどほぼ初対面だぞ。失礼すぎるだろ。めんどくさそうとか嫌そうとか。


「あ、えっとー、あーそーだ、ぼくさっきもらったお菓子あるんだよね!なまえちゃんも食べる?ノボリにはナイショね!」
「え!いいんですか?食べます!おくちチャックします!しー」
「…………うん?」


口調が崩れた、と思ったらキラキラした目で僕が左腕に抱えてる紙袋をガン見しだした。紙袋をゆっくり左右に動かしたら、それに従ってなまえの目も左右に動く。…わかった、こいつ色気より食気なんだ。モフモフと頬を膨らませてマカロンをほおばってるなまえの横顔をこっそり盗み見る。「おいしいです!」「そう…」「もういっこ…」「仕方ないなぁ」はいあーん、って言いながら僕が差し出したピンク色のハート型マカロンに、躊躇する様子もなくかぶりついた。おいここ普通のおんなのこだったら赤面するとこだと思うんだけど!もさもさもさ、ポケモンがごはん食べてるときみたいに夢中でマカロンを咀嚼する様子に、なんだかきゅんとした。……きゅんとした?いやいや保護欲的な何かだと思う。

「ねー、なまえちゃ…なまえ、は、お菓子が好きなの?」
「大好きです!」
「じゃあ僕とお菓子どっちが好き?」
「お菓子くれるクダリさん」
「お菓子くれない僕とお菓子なら?」
「おか………そっそもそも人間とお菓子を比較する質問自体おかしいですよ!」
「え、まさか僕お菓子に負けるの!?」


お、おかしくれるクダリさんは大好きですよ!?クダリさんは、ってもうそれ既に僕がおまけじゃん!なんて言い合いして軽く頭を小突いた。なんだかこの子との話はノボリとみたいに、気楽だ。頑張ってカワイーを作らなくっても、笑顔の方が勝手に出てくる。楽。笑うのかんたん。


「ところでクダリさん、このお菓子ってひょっとしておんなのこからの差し入れとかじゃ」
「え?あぁそうだけど」
「え、ちょ、私に食べさせちゃっていいんですか」
「いーよ」
「いや駄目でしょ」
「なんで?」


「だってこれクダリさんのことを好きなおんなのこが頑張って作ったものでしょーよ!」怒られちゃった。「くれたんだからいいじゃん」「のーん、クダリさんわかってない」「何でだめなの」「それが礼儀ってもんなんですよ…」「じゃあなまえにもうあーげないっ」「あぁっごめんなさいクダリさん…!てっ手作りの方じゃなく既製品の方は下さい!」なんか良くわかんないけどもやっとした。だって僕なまえが嬉しそうに食べるからお菓子あげたのに。おんなのこからもらったものは他の人にあげちゃ駄目とか、ワケわかんない。「むぐ………んおおお…おいしい!おいしーい!」美味しそうに食べるなこの子。困ったな、なんかちょっとだけドキドキする、かも。こんな食い意地だけの女の子に!


「も、もういっこ…!」
「まだ食べるの!」
「マカロンの誘惑に敵う人はいませんなぁ」
「しょうがないな、これでホントに最後だからね!」
「やったークダリさん好き!」
「……ッ、もー、君ってほんとしょうがないなー!」


戯れに発しただけの『好き』にも大げさに反応しちゃうだなんて、どうかしてる。「うま、うまうまうーまー、うまい!もういっこ!」「もうないよ」「ふぉぉそんな…!」「なまえってば食べかす口に付いてるって」唇の端っこに付いてたピンクの破片を指でつまんで自分の口に運んだ。ぺろ、と見せつけるように親指の腹を舌で舐めあげる。恋も知らないクダリくん、は、もう卒業しよう。


「あ、付いてました?取ってくれてありがとうございますー」
「……それだけ?」
「えー…あ、マカロン全部食べちゃってごめんなさい?」
「…あっそ…」


まぁいい。この色気より食気なおんなのこを、恋沙汰にはとんと疎そうなおんなのこを、じわじわ落とすのも楽しそうだ。「…マカロン食べたら喉乾いた…」「カフェでも行く?僕の奢り」「クダリさん大好きです…!」……このままだと給餌係として認識されそうだけど。








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