メモリアル








これをわたくしだと思って持っていて下さいましと言われて差し出された箱の中身がアクセサリーや写真のたぐいでなく切り取った彼の灰色の毛束だった時にも心底驚いたが、今の状況に比べたらそんなもの可愛らしくて笑ってしまうような取るに足らない出来事だ。週に一度は高価そうな服を贈ってくれたり毎日寝る前に愛を囁くべく3時間以上も電話をかけて来たり、以前から少しだけ愛情表現の重たい人だとは思っていたが、ここまで頭の配線の狂った人だとは思わなかった。


「どうぞこれを、なまえ」


とろんと逆上せたような目で私を見つめながら右手で差し出された小さなつつみを、少しだけ警戒しながら受け取った。開けてみろと目で促されるままにぺりぺりと包装紙についたセロファンテープをはがしていく。どうしようこれ、また髪の毛とか入ってたら……?ころんと出てきたシックなビロード張りの、小さなジュエリーケースを開く。予想に反し中に入っていたものは銀色に輝く円筒形のロケットペンダントだった。きらりと蛍光灯の光を跳ね返す表面には、わたしたち二人の名前と愛の言葉が小さく刻印されている。


「これは…」
「気に入りました?」
「…はい。とっても綺麗です」
「よかった」


彼にしては随分とまともなものを選んだのだと、大分失礼な事を考えつつも、手のひらに伝わるひんやりとしたその温度に思わず顔がほころんだ。好きな人からのプレゼントだもの、喜ばない方がどうかしている。


「ありがとうございますノボリさん」
「いつもこれを持っていて下さいね、なまえ」
「はい、もちろん」


わたくしがつけてさしあげましょうとノボリさんはしっとりした声で囁く。冷たい細い鎖が首に触れるのをこそばゆく思って、鎖骨の間で揺れるその銀色に指先でちょいちょいとつついた。「いつでも身に着けていられるものといったら、やはりアクセサリーだと思いまして」留め具を着けおわって満足そうなノボリさんが私の背後から覆いかぶさるように抱きすくめてくる。どくどくいう心臓の音が背中につたわってくるのが心地いい。


「これはね、ペンダントの上の部分をひねると開くようになってるんですよ」
「へぇ、すごい。じゃあノボリさんの写真とか入れようかな。うふふ、証明写真くらい小さいのだったら丸めて入りますよね」
「いえ、写真ではありませんがもう入っております。ですから開くと出てしまいます、開封の際はお気をつけて」
「……何が入ってるんですか?」


何にせよこの人は呪いのプレゼントボックスよろしく恋人に髪の毛を贈ってしまうような人である。ペンダントと思い油断していたが、まさかこれにもそのようなものが詰められているのだろうか。開いたら毛髪の入っているアクセサリだなんて呪いのアイテムにも程がある。しかし彼にとっての愛情表現がそのような形である以上、どうやってそれをやめるよう伝えたものだろうか。


「中には」
「…はい」
「わたくしの骨が入っております」
「…はい?」
「正確には骨灰ですが」
「ほね?」
「ええ。血液と迷ったのですが腐ってはいけないと思いまして」


どうしようなんかこれすごく捨てたい。好きな人の一部だけど怖い。人の骨なんて貰っても嬉しくない。ぎゅうと私を抱きよせる腕に力を込め、頬をすりよせ耳にキスしてくるノボリさんのリップノイズすら、いつもはどきどきの要因なのに今は少し気味が悪い。どうりで左手にぐるぐると包帯が巻かれていたはずだ。怪我をしたのかと思っていたけれど、きっとどこかの指が欠けているのだろう。


「小指の骨にしたんです」
「…そうですか」
「本当は薬指がよかったのですけど、ほら、結婚指輪をはめられないと困るでしょう」
「私ノボリさんの指きれいで好きだったんだけどな」
「ええ、以前そう言って下さいましたよね。嬉しかったです。だから贈りました」


そうだ、結婚指輪にはメモリアルダイヤモンドを作りませんか?骨から作れるそうですよ。なまえのダイヤモンドをわたくしに、わたくしのダイヤモンドをなまえに、そうすればずっと一緒ですね!腕も脚もなくしたら嫌だとおっしゃるのでしたら、肋骨なんかでも構いませんよ。あなたのものでしたらどこのでも。数本なくなったって肋骨なら大丈夫ですよね、きっと。わたくしのダイヤはどこの骨からお作りしましょうか?右腕?左脚?なまえと同じように肋骨?それとも全身から少しずつ削り取りましょうか?頭蓋骨というのも大変魅力的なのですが結婚早々死んでしまうのはもったいないですからねぇ。もちろんなまえがわたくしの頭蓋を所望していらっしゃるなら喜んでお渡しいたしますけど!…あ、でも左腕はいけませんよ。せっかくお揃いの指輪が、はめられなくなってしまいますから。いたずらっこのように嬉しそうに、私の髪をくるくると右手でもてあそびながらノボリさんはその唇から言葉を零し続ける。包帯に包まれた彼の左の手が服の上からわき腹をなぞって、肋骨をさぐっているのがわかる。正直逃げたい。


「ずっと一緒にいて下さいね。なまえがいなくなってしまったらわたくし生きていけませんから。あなたが死ぬその時は、どうかわたくしも一緒に殺してしまって下さい」


ちゅうちゅうと場にそぐわぬ可愛らしいキスを頬にいくつも落としながらきれいに微笑む、その笑顔にすら恐怖した。今日はこのまま泊まっていきませんかと囁く艶っぽい声に、さてどうやって断ったものかと思考を巡らせたけれど、抱え込まれたようなこの体勢から逃げることなんてできそうにない。ええ、もちろんと呟いて彼の肩に頭を預けるとノボリさんは心底嬉しそうにぎゅっと私をその大きな腕に包み込んだ。








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