あなたの寝てる間に愛してるの








カチッと目覚ましが鳴る直前の、アラームのスイッチが入った瞬間の音で目を開いた。ピピと続けざまに甲高く泣きわめこうとするその時計のてっぺんをぱしっと叩いて電子音を止める。枕に顔を伏せたままくぐもった声でひとつふたつ呻いて、上半身を起こす。ずるずるぽすんとインゴさんの腕がわたしの肩を滑ってシーツの上に落っこちた。しぱしぱする目をこすりながら彼をみると、カーテンを通り抜けて柔らかく差す陽の光にその柔らかい髪の毛をきらきらさせながら、インゴさんはまだまだ安らかに眠っていた。午前5時。


「うー…インゴさん、おはよー、ござい、ます……」


ちゅっと触れるか触れないかのギリギリでその髪へキスをひとつおっことして、彼を起こさないようにそっとベッドから這いだした。ハンガーにひっかけてあった大きめのパーカへ腕を通してはだしのままぺたぺたキッチンへ向かう。戸棚の一番はしっこにちょこんと置いてあるミルを手に取り、豆の入った紙袋も出して、ぎゃるぎゃると豆を挽く。思うのだけれどねインゴさん、インスタントじゃダメなんでしょうか。朝っぱらから面倒くさいと思いません?あなたがこれじゃなきゃやだっていうなら頑張りますけれども。豆がすっかり挽けたらサイフォンを出してきて、コーヒーを淹れる。こぽこぽ音を立ててるそれをしばし放っておいて、今度はミルクの準備、しないと。かぱっと冷蔵庫の扉を開いたら流れ落ちてきた冷気が足先に触れてぶるりと身震いしてしまった。牛乳のボトルだけ出して急いで扉を閉める。うー、つめたい。片手鍋にミルクをふたりぶんついで、かちりと点火した。「おはようございます……なまえ、なんでアナタ裸足なんですか…」「履くの面倒だったんです」あくびをしながらインゴさんがキッチンへやってきた。午前5時半。


「なまえ……カフェオレはワタクシが用意するって言ってるじゃないですか……」
「だってインゴさん起きるの遅いんですもん」
「そうですけど……」


もそもそ近寄ってきて後ろから抱きしめるように朝のハグ。おいこっち火使ってんですけど危ないんですけど。


「ねむい、です……」
「今めっちゃ血糖値上がるカフェオレ作ってますから、ちょっと待ってて下さいね」
「キスは?」
「ちゅー」


ほっぺにしてやろうと思って首を反らしたらがっつり頬を固定されてちゅうされた。ちょっと!火使ってんですけど!危ないんですけどぉぉぉ!!という叫びはもちろん照れ隠しである。心の中でくらい素直になったらいいのに。我ながら呆れた。ひねくれ者め。と思ったらカッと頬が熱くなった。どうやらわたしは体の方が正直者みたいですよ。なんつって、まぁまぁあらやだ、この表現だと何か別のことを想像してしまいそうだわ!なーんて心の中では冷静なのだけれど、かぁぁってどんどん熱くなる頬を止められない。だってだってインゴさんの白い細い指がわたしのほっぺたをなぞって滑って、う、うわぁぁぁ恥ずかしい!


「昨日のなまえ、とっても素敵でしたよ……」
「いぎゃっちょ、なに恥ずかしいこと言ってんのインゴさん!ばか!」
「Hum?何を恥ずかしがっているのですか?」
「あ、朝からそういうはなし、は、」


ダメ!不健全!ってぐいぐいインゴさんの胸を押し返して、ついでにコンロの火もぱちんと消した。わたしの肩を抱くインゴさんの相手は後回しにして、カップにミルクとコーヒーを注ぐ。蜂蜜もたっぷり入れて、血糖値だだあがりのカフェオレの出来上がりです。おめでとう。インゴさんに大きい方のカップを渡すと微笑みながらそれを受け取ってくれた。「ありがとうございますなまえ、素敵な朝ですね」なんだこの人イケメンすぎる。


「パンは?」
「焼いて下さい」
「はーい。野菜は?」
「欲しくないです」
「不健康……」
「ちゃんとランチに取ってますから良いでしょう」
「インゴさんがいいなら良いですけどね……ベーコンとか…卵とかは?スクランブルエッグ?」
「いりません」
「パンオンリーですか!?」
「チョコレートペーストで食べます」
「そんな朝食……和食にしません?」
「なまえが大変だからいいです」
「別に大変じゃないですけど」
「朝から重たいもの食べたくないです」
「チョコレートは果たして軽いんですかね?」


むぐむぐとチョコペーストを塗ったくったパンを咀嚼しているインゴさんを眺めながら、向かいのイスに座ってカフェオレをひとくち飲みこんだ。面倒くさいけれどやっぱり挽きたてのコーヒーは美味しい。香りが良い。ような気がするけどよくわからない。わからないんだからインスタントでもいいような気がする、少なくともわたしは。


「なまえ、今日ワタクシが帰宅したらアレやって下さいよ、アレ」
「んえ?どれですか?」
「ゴハンになさいます?おフロになさいます?それともワ・タ・シ?というアレでございます」
「どこでそんなの覚えてきたんですか……」
「マンガです」


ぺろりと唇の端を舌でさらってパンくずを舐めとったインゴさんが立ちあがりながらにやりと笑った。何、インゴさんそんな顔して漫画読むの。「エメットに借りました」エメットさん漫画読むの。「なかなか…………エキサイティングな、というか……えぇ、エロティックなものですね、マンガというモノは」エロ漫画かよ!


「ワタクシ流石にあのマンガのようなコトは出来るかどうかわからない、ですが、……なまえが望むなら努力致しますから」
「努力しないでいいです」
「ですが」
「最初のページに書いてませんでしたか、フィクションであり実際の人物事件とは関係ありませんって」
「さて……わかりません、冒頭は読み飛ばしました」
「エロシーンだけ読んだんですかインゴさん」


ページに開きグセがついていたので、と言い残して脱衣所へ消えたインゴさんの後ろ姿を見送って、少しぬるくなったカフェオレを飲みこむ。エメットさん…そんな人だったの……。ぱしゃぱしゃお湯が跳ねる音をBGMに、ふたりぶんのカップを洗って、お皿もあらって、拭いて、そしたらその間にインゴさんがシャワーから上がってきた。髪から水がまだぽとりぽとり落っこちている。カラスの行水ってレベルじゃないぜ。


「イッシュではあのようなプレイをするのですね………なまえを飽きさせないためにもワタクシ頑張ろうと思います」
「頑張らなくていいです!」


がしがし頭をタオルで拭きながらニヤニヤ笑ってるインゴさんの背中を、遅刻しちゃいますよ!って言いながらぐいぐい押してキッチンから追い出した。裸でうろつきまわるとか目のやり場に困るんでマジ勘弁です!「タオル巻いてるじゃないですか」そういう問題じゃないの!


「なまえ、今日やってくださいね、帰ってくるとき」
「やりませんってば」
「良いじゃないですか、明日は週末なんですし」
「……週末とそれに何の関係が」
「もちろんセッ」
「あ、やっぱ言わなくていいです」


だって不安なんですワタクシ、なまえはシャイだし愛してるって言って下さらないし、キスだってなんだっていつもワタクシから求めるばっかりで!うだうだ言うインゴさんにワイシャツと彼の黒いコートを押し付けてリビングへ戻った。もうもうもうもうもう、恥ずかしい人!ばすばすソファを叩いてしばらく身悶えていたらすっかり服装の整ったインゴさんがやってくる。「なまえ、何してるんですか…」あなたの発言で悶えてましたなんて言えるわけがない。


「今日は7時くらいに帰宅すると思います」
「はい、わかりました」
「なまえ、ねぇハニー、イッテラッシャイマセのキス……」
「はいはいダーリン」


ちゅっと軽いキスを交わしてから、にこっと笑いドアを開けて出ていくインゴさんをこちらもにこやかに見送って、扉が閉まった瞬間しゃがみ込んで顔を覆った。は、ハニーとか、映画か!ドラマか!いやぁぁぁぁしかもちょっと古いやつ!顔が熱くてもう、やばい、ほんと恥ずかしい。くっそ、腹いせに今日はエプロンにお玉装備で出迎えてやる。恥ずかしいセリフだって言ってやる。ていうかインゴさんめ、いっつもインゴさんからしか求めてないとか言って、朝イチのキスはほんとはわたしからしてるんだからね!あなたが気付いてないだけだもんインゴさんの馬鹿ちん!








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