相容れないあいいれない愛居れない








美しくて綺麗で繊細なこの人を悲しませるものなんか全部なくなっちゃえばいいだなんて思っていた。
だから、彼にその想いを熱の籠った、けれど消え入りそうな震える声で伝えられたとき、どうしていいやら、実は数瞬迷った。


「なまえ、なまえ?」おいで、と広げられた両腕に素直にすっぽりと収まる。ノボリさんはぎゅうぎゅうとわたしを押さえつけるように逃がさないように抱きしめて幾分ふにゃりとそのしかめっ面をくずした。あぁ、そうしている顔はやっぱり彼の弟と似ている。可愛らしいけれど、凛々しくはない。ひやりとした、触れたら指先に血の滲んでしまいそうな雰囲気をまとったノボリさんは、わたしといると消えてしまう。これはよろしくない。しかしわたしと離れたとしても、それはそれで捨てられた子犬のようにしゅんと、哀愁漂う空気をまとってしまうのだ。ノボリさんの胸に耳を押し当てたら、うすいワイシャツの布越しにどくどく速いスピードで脈打つ心臓の音が聞いて取れた。そぅっと自分の胸に手を当ててみるけれど、そこに収まっているわたしの心臓はいつも通りにとくとくと、別段加速もしていない。髪をなでるノボリさんの綺麗な手を取って自分のものと合わせてみたら、随分大きさが違うんだなぁと改めて思った。温かくて少しだけ手のひらに汗をかいた、手袋に包まれたノボリさんの大きな手。冷たくて小さい私の手。ぎゅっと指を絡めるように曲げられたノボリさんの手の温度がじわっと伝わってきたけれど、私の温度と混ざる気配もない。「なまえの手、冷たいです」冷え症ですか?大丈夫ですか?窺うようにこちらへ視線をよこすノボリさん。優しいね。


何でこの奇跡みたいな人が私なんかを好きなんだろう、だってこの人と私じゃ吊り合いっこないんだ。この美しい人へ恋心なんて持てそうもない。頬笑みをたたえてこちらを見つめる名画の美女に魅入りこそすれ、恋い焦がれたりはしないでしょう?どくどく聞こえるノボリさんの心臓の音はこの人が生きている人だっていう確かな証拠ではあるけれど、わたしの目には彼はまるでお話の中の眠り姫か何かのように、現実離れして見えてしまうのだ。この汚い暗い世界とは相入れない綺麗な、美しい、男の人なのだ。わたしに触らないで、わたしに笑いかけないで、わたしなんかと関わったせいでノボリさんが汚くなっちゃったらどうするんですか。くるくるとわたしの髪を指に巻きつけて遊ぶノボリさんの白い細いそれは、やはり作りものみたいに美しいのだ。






地面がぐらぐらと揺れているのではないかと思うほど、緊張していたのを覚えている。そんなわたくしの姿にびっくりしたのか、数瞬視線を彷徨わせた後、少しだけ困ったようによろしくおねがいしますとはにかんだ彼女に、腰が抜けてしまうくらい安堵した。


「なまえ、なまえ?」おいで、と両腕を広げて彼女を呼んだ。なまえはこうするといつも少しだけびくりとひるんだように動きを止めて、それからぴったりと身を寄せてくる。そのあとわたしくの胸に頬を寄せて見上げてくるのもお決まりの行動で、それがまるでこちらの様子を窺うような可愛らしいものであるものだから、どきどきと一層胸を高鳴らせてしまうのだった。思わず緩む頬を止められず、愛しいものを逃がすまいと抱きしめる。この小ささが自分の腕の中にあるというそれだけで、世界一の幸せ者になった気分だった。なまえとずっとずっと、出来れば残りの人生全ての時間を、一緒にすごしたい。ぎこちなく手を合わせてくる彼女の冷たい手をきゅっと握りしめる。自分のこの熱で彼女の冷えた指を温めてあげたい。「なまえの手、冷たいです」冷え症ですか?大丈夫ですか?聞きながら絡めた、そのすらりとした細い指の感触にくらくらする。見つめてくる瞳に、また胸が熱くなった。


なまえと一緒に過ごす時間は、それだけでじりじりと胸を焦がすような幸福感に満たされていた。人を愛することの素晴らしさを歌った詩集などばからしいと思っていたけれど、体験してみるとなるほどそれは確かに真実だったのだと思い知る。すりすりと胸元にすりよるなまえの頭をゆっくりと撫でて幸せを味わって、どこかくすぐったいような愛しさにうずうずした。何か不安でも抱えているのかなまえは眉尻を下げてわたくしの指先に見入る。この愛しい人を少しでも苦しませるような悪いもの全て、自分が散らしてやりたいのに。








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