「あれ、クダリさん。どうしたんですか、もうとっくにお帰りになったかと思ってました」


仮眠室を出て通路の最奥にある管理室の扉をがちゃりと開けたら、予想通りあれが監視モニターを眺めながら座っていた。制御パネルから伸びるカラフルな何本ものコードの端を頭にブッ刺したままナマエとよく似た表情で笑っている。


「こんばんは、ナマエ」


にっこりと張り付けた笑みを浮かべて挨拶してみた。これに友好的な態度を取るなんて初めての経験だ。もっとも、これで最後の経験になるのだけれど。僕の言葉を聞いてナマエは一瞬びっくりしたような表情を浮かべて、そのあと嬉しそうにこんばんはと返した。あーこんなのをナマエだなんて呼んでしまった。非常にイライラしてしまうよ。そんなにへらへらした顔しちゃって、そう、僕に挨拶されるのがそんなに嬉しいの。ナマエと同じ笑い方に一瞬ちくりと心が痛んだ。


「ナマエって夜はここにずっと居るの?」
「はい!充電とバックアップ用のデータ保存と、あと監視をしてるんです。ここで」
「そっか。偉いね!すっごく働き者」
「そんなことないですよ!私はその為にあるんですから」
「ううん、働き者だよナマエは。あのね、僕ずっとナマエとふたりで話してみたくて」
「そうだったんですか?私てっきりクダリさんには嫌われてるのかと……」
「アハハ、そんな風に思ってたの?嫌ってなんかないよ!」
「よかった!もしかしたらアンドロイドはお嫌いなのかなって」
「まさか!ねぇねぇ、その、バックアップデータってどこに保存してるの?」
「これですよ。ここに今までの全部記録してあるんです」
「へぇー。あ、じゃあもしナマエが壊れちゃってデータが飛んでもこれ使って復元できるんだね?」
「はい!これを残していれば違う型が後任になってもちゃんと引き継ぎできるんです。性格も記録も」
「そう!よかった!」


技術部に置いてあった操作書なら暗記するほど読み込んだ。ロードの方法など覚えている。


「………あ、でもひとつ前の私の記録は残ってないんで、そこは引き継げなかったんですけど」
「あぁ、ナマエだね。壊れちゃったから」
「え?……あ、そうですナマエです。あはは、ナマエって名前で呼ぶとどっちのことかわかんなくなっちゃって。私か前任か」
「ナマエの記憶が欲しかった?」
「そりゃ……あった方が便利でしたね。業務基礎データなら入っていますが、みなさんの細かい行動記録とか性格データなんかはやはり一緒にいる時間からしか取得できませんから」
「便利かぁ」
「ええ。技術部もずさんな管理してたんですね、まさかチップごと本体廃棄されたなんて……みつからなかったんでしょう?データ」


ぷしゅん、かしゅっと小さな音を立ててナマエの記憶媒体が制御装置に飲み込まれた。入れ替わりに吐き出されるこれのデータを握り潰すように掌へ収めて、ぱちんと小さなスイッチを押す。キュインと機械音が響くのに続いてがくっとその体がイスに倒れ込むのを、笑いだしたいような気持ちで見ていた。大きく開いた目の真ん中で、瞳孔が呼吸しているかのように収縮を繰り返す。モニターいっぱいに映し出されるロード進行状況を、もどかしく見守った。のろのろじりじりと進む緑色のラインと連動して、僕のナマエが戻ってきているのだ。あぁ速く早く、待ちきれない、待ちきれない!ナマエの瞼をそっとおろしてやって、僕も彼女の横にある椅子へ腰掛ける。そうだ、僕らが過ごした記憶がひとつひとつナマエのなかに戻ってきているのだ。時間が掛るのは当然だろう、あんなに多くの時間を取り戻すんだもんね。朝には完了しているであろうナマエのインストールを思うとわくわくする。また一緒に居れる。ナマエの声聞ける。嬉しい。みんな喜んでくれるかなぁ。手のひらから床に落っことしたせいで部屋のどっかへ蹴り込んでしまったあいつのデータチップ、もうどうでもいい。


「はやく帰ってきて、ナマエ」


あれと同じ顔なのにね、ナマエじゃなきゃ僕はやっぱり駄目だ。






お前はいらないから君を返して_






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