「おはようございますクダリさん」
「…………」
「クダリ…」
「おはようございますノボリさん」
「おはようございます、ナマエ」


今日もまるでナマエがいないかのように存在ごと無視してクダリは彼女の横を素通りした。いつものことでもはや諦めたように苦笑いするナマエに申し訳なくなりわたくしは彼女の頭にそっと手のひらを伸ばす。帽子を取りあげてぐしゃりと撫でると困惑したような声。え?はい、何ですかノボリさん?わたくしの行動を窺うようにそのまま大人しく撫でられている彼女が小動物のようで可愛らしい。少々乱れてしまったその髪を手櫛ですいてやって、再び帽子を被せてやった。なんですか、私は大丈夫ですよ!にこりと笑う彼女の顔が、強がっているようで痛々しい。チッと小さく舌打ちしたクダリを睨みつけてナマエの肩を抱き、庇うようにその場を離れた。私クダリさんによっぽど嫌われているんですね、ぼそっと呟いたその声にぎくりとした。クダリは彼女を嫌っているのではない。憎んでいるのだ。彼女にわざわざ教えるつもりなどないけれど。


「ノボリさん、今日のスケジュールの確認をいたしますね。本日は8時23分よりシングルトレインの、」


歩きながら事務的な用件をつらつら並べ立てる彼女の言葉を遮りひとけのないホームでその体を抱き寄せる。やだ、ノボリさん人来ちゃいますよ!あたふたとわたくしの体を押し返す手も押さえつけてさらに腕に力を込めた。観念したようにされるがままのナマエの温かさ、香り、小ささをひと時堪能してから解放する。もう!ノボリさんいけませんよ、仕事中は私事厳禁です!はにかむ彼女の手を引いて駅員室へ向かった。クダリにたいへん懐いていた時はただの部下でありましたがわたくししか頼る上司のいなくなった今のこの方は、なるほどひたむきに自分を追って来るだけあってとても部下のひとつと片づけられない感情を抱いてしまう。紡ぐ言葉もわずかに硬くなったその唇の端に親指を触れて「ではまた昼休みに」と囁くと頬をうっすら染めてはい、とだけ返された。クダリには悪いが、わたくしは今の彼女が気に入っている。






新しいあなたはわたくしを見て下さるのですね_




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