天使の性別の話







「ナマエ!わ、くちべに、変えた?僕わかるよ!かわいい、それ好き!ナマエも好きー!じゃなくって、えっと、ナマエが好き!」


キィと椅子を軽く軋ませて私の隣の椅子に腰を下ろしてニコニコする、そのクダリさんはすぐ好きって言う。わたし知ってるんだ、クダリさんが昨日だって一昨日だって、バチュルだのカップケーキだの、それから受け取ったばっかりのタマゴにまで好き好き頬を寄せてた事くらい。彼にとっては世界の多分8割くらいは好きな物で溢れてて、1割は苦いお薬とか苦しい風邪とかで、そんで残り1割の嫌なものっていったら、テレビの中に出てくる悪役だとかそんなものしかないんだと思う。彼はこの世の綺麗を寄せ集めたみたいにきれいで、とってもきらきらした人なのだ。その輝いた瞳でみる世界だから、恐らく美しいものしか映らないんだろう。好き、大好きって隔てなく囁く言葉は普通の人がやったらただのタラシだけれども、けど彼の場合はそれが嫌味になんか聞こえなくって、本当にただただ可愛らしい。天使が周囲に愛を振りまくのなんて、理由なんかいらないんだ。そういうことだ。


「もー、クダリさん可愛いなぁぁー!でも冗談でそういうのダメですよ、そういうのは好きな女の子に、」


褒められてちょっとだけ照れてしまったから、照れ隠しの軽口のつもりだった。けど、ぴたっと口を閉じてクダリさんは沈黙してしまった。彼は長身だって言うのに、うつむいたせいで制帽に邪魔されて表情が見えない。「……クダリさん?」部下からのお説教に気を悪くしてしまったかと少し不安になってそろっと手を伸ばす。「クダリさ……ッギャー!」ガシッ!デンチュラもびっくりなスピードで掴まれた。うわ、うわ、びびびびっくりした……!
彼はゆっくりと顔を上げて、怒ったような低い声で言葉を吐き出す。


「ナマエ……ナマエ、僕は冗談でそんなこと言うような嫌な奴じゃないつもりだよ。ちゃんと聞いて」


いつものにこにこ顔じゃない、真剣味を帯びたクダリさんの目にじっと見つめられる。わたしの右手を取る彼の左手にぐっと力が込められた。そんなことしなくたってこの雰囲気にのまれて逃げだす考えも湧かない。クダリさんの双眸から視線が剥がせない。


「僕がいつもへらへらしてるから真剣に受け取ってくれないの?……じゃあさ」


きゅっと握られていた手をするりとほどいて、わたしの指の間にクダリさんの指が入りこんで絡みつく。恋人繋ぎというのか、視覚的な刺激としては全然大したことないけれど絡まる指同士の感触とか熱さとか、やたら恥ずかしい。心臓はどきどきを通り越してばくばくしている。痛いくらいだ。


「こんなふうにしたら……ちゃんと僕を男だって意識してくれるの?」


すりっ、私の手のひらを握りこんだままの拳に彼が頬を擦り寄せる。視線は絡まったままだ。カッと顔が熱くなったのを感じるけど、そむける余裕もない。体が固まって動けない。クダリさんは真っ赤になっているであろうわたしを見つめながら、ふっと口の端を緩めて妖しく笑った。


「僕言ってたのに、君に何回も好きって言ったのに……もしかして、やっと今、分かってくれたのかな」


繋いだままとは逆側の手を持ち上げ、中指の先をカプッと噛んでするする、手袋を外した。その動作もやけに厭らしい。素肌を露出した右手でわたしの首をゆるりと撫で上げる。ごくっと鳴ってしまった喉にますます気を良くしたように目を細めると、熱っぽいため息と一緒にぽとんと手袋を唇から落っことした。肩が強張ってしまう。いつものクダリさんじゃない、だってクダリさんって可愛くって、天使みたいで、こんなんじゃなくって。


「あぁほら、ナマエ、やっぱりそうでしょう。僕が男だって気付くの遅いんだよ、今更逃がしてあげないよ」


くすくす年相応に笑った時の喉仏が言葉に合わせて上下するから、掴まれた手ががっちりしていて引きはがせそうにないから、今まで気付きもしなかったのにやけに彼の肩幅が広いから、くらくらしてどきどきしちゃって、心臓が口から出ちゃいそう。ゆっくり上体を屈める、クダリさんの衣擦れの音がやたら大きく聞こえた。さっきまで余裕っぽく笑ってたくせに、クダリさんだって今更少し目元が赤くって、びっくりするくらい真顔だ。彼が細く吐き出した息が唇に当たる。心臓が破裂しそうで、思わず目をつぶった。


「ナマエ……」


ぴぴぴぴぴっ。響く小さな電子音にふたりしてびくりと身を飛びあがらせる。「……っなぁに!」クダリさんはちょっとだけイラついたような声でライブキャスターのスイッチを入れた。あ、あ、心臓、やぶれちゃうかと思った。キス、しちゃうかと思った。「もう、ノボリの馬鹿、いま僕すっごく忙しい……何、あぁごめんってばわかったよすぐに行くから……インカム?外してた」じゃあね!ってイーと歯を見せながら通話終了のボタンを押す。「っもー、ノボリったらタイミング悪い!」ぶーぶー唇を尖らせて彼は子供っぽく零す。いつものクダリさんだ。


「僕、マルチ行ってくる!ナマエ」


手袋を拾い上げてはめ直しながらクダリさんは立ちあがった。わたしもつられて腰を上げる。


「は、はい!あの、いってらっしゃい!」
「うん、いってくるー」


ばさっ!コートを翻して無邪気に笑って、ドアに向かおうとした彼はそれから思い出したように振り向いた。惚けたように突っ立っていたわたしの腕をぐいっと引っ張って腕に抱きこんで、耳元でぽそり。


「……あとで、ね?」


およそ悪い大人みたいに囁いてかぷり、耳朶に噛みついて舐めあげた。ひぃって漏らした悲鳴に気を良くした様子でそのまま口元にもかぷり、べロリ。


「待ってて」


唇の端にうっすらわたしの口紅を残したまま、がちゃっと最近スムーズに開かないドアを押しあけて出ていく。わたしはそれを、あぁ蝶番にオイルでも注せばいいのかなぁとか今日の挑戦者もきっとトウヤくんトウコちゃんだろうなぁとか、場違いなことばっかりぽろぽろ考えながらぼけっと見送った。顔が熱い。







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