待ち続けるクダリさん









「ああああああああああああああああ!!!!!」




…また。最近落ち着いてきたと思ったのになぁ、クダリさん。










絶望したように掌で顔を覆い駅員室のあまり座り心地が良いとは言えないソファへ転がって天井を仰ぐ彼は絶対無敗の我が上司である。15分ほど前無線の指示に従いのろのろとダブルトレインへ向かって、そして、つい10分ほど前に戻ってきたと思ったらすぐさまそこへ倒れ込んでしまった。のけぞらせた日に焼けない真っ白な喉元が蛍光灯の光により一層青白く照らされている。不健康に浮き上がった青い血管が、この人の、ただでさえ人形のような容貌をさらに無機質に演出しているようだ。おかしいな、人形には血管なんて浮くはずがないんだから、むしろ人間らしいと感じたって変じゃないはずなんだけど。あ、あぁぁ、あぁ、ああぁあぁぁぁー。顔を覆ったままうめき続けるクダリさんの胸が息つぎのたびに上下して、そうかやっぱりこの人も人間だったのだと思いなおした。思いなおしたというか、思い出したと言った方が正しいかもしれないが。


「クダリさん、また挑戦者、途中で降りちゃったんですか?」
「………しらない」
「はやく、強い人来るといいですね」
「しらない」


スネちゃって、と言うには、この人たちはあまりにも長い時間を待ち続け過ぎた。ごとごと響く走行音に耳を犯されるくらい長い長い時間を地下で過ごして過ごして、すごし続けてきたのだ。誰も彼らに勝てなかったし、そもそも彼らに辿りつけることすら稀だった。時々呼び出される無線からの声は、ノーマルトレインで待機するようにという指示ばかり。全力を出せないという状態は、いつでも相手に合わせて戦わなくてはならないという状況は、いったいどれほどもどかしいことなのか私にはわからないけれど。


「クダリさんクダリさん、よしよし」
「………なんで子供扱いするの、ナマエの癖に」
「今日だけ私がおねーさんになってあげようかと思って」


何さソレ。スンと鼻をすすってクダリさんはがばりと身を起こす。さっきまでクダリさんの頭を撫でていた手をどうしていいやら、所在なさげに空中を二、三回かいて、結局そのまま彼の腿の上におろした。


「しょうがないですねぇクダリさん、誰にも言わないから泣いちゃってもいいですよ」


ホラと両手を広げてみた。「誰が泣くってのさ、ばぁーか」そう呟いて、クダリさんは殺す勢いで私の胴をその長くてひょろりとした腕で締めあげてくる。く、くるしいぞ。


「っう……ちょ…」
「…………」
「……………しょうがないなぁクダリさん」
「………………」
「よしよし、いいこいいこ」


帽子をそっと取って、髪をくしゃくしゃ掻き混ぜてやった。私とは違うシャンプーの香り。匂いは大人の男の人なのに、頼りなく震えているこの人は私の目から見てもすごくすごく不安定で、いったいどうしたらいいというのだろう。どうしようもない。


「……………ナマエ…………、ナマエ、……僕もうやだ。やめたい、僕つらい、やだ。誰も来ないんだ、誰も、誰も、」私にすがりつき今にも泣きそうなか細い声で、クダリさんは悲痛に訴える。「僕たち何でこんなに、なんで、あぁ強くなんてならなきゃよかった。ナマエ、僕もうサブウェイマスターやだ、ナマエ、」ぎゅうと抱きついて肩口に顔を埋めたまま早口で彼は話し続ける。「ナマエ、いつになったら僕たち満足できるの、ナマエ、全力で戦えないんだ。僕たち、誰も、ナマエ、ねえナマエ、僕は」僕はどうしたらいいの。いつまで待てば良いの。いい加減にクダリさんがぎゅうぎゅうと抱きすくめてくるせいで呼吸が辛く苦しくなってきたから、私はいつも通りの答えを返す。大丈夫ですよクダリさん、もうすぐ来ます、きっと来ます。すると彼は一瞬腕の力を強めたあと、パッと身を離し決まって諦めたように笑うのだ。そうだよね、きっともうすぐ来るよね。僕もう少し待つよ。ありがとう。あぁ誰か早く早くふたりぼっちで立ってるこの人たちを倒してそれで、寂しくて擦り切れそうな心を休ませてあげて欲しい。









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