*呼ぶノボリさん
*グロテスク
べたりと地面にぶちまけられた血液、どこの部分とも分からない切れ切れの肉片と、レールにこびりついてキラキラ光っているあれはひょっとして脳髄というやつだろうか。とてもじゃないが人にお見せできないような醜態を晒して、私の体は横たわっている。ううむ、非常にグロテスクだ。自分のじゃなかったら吐いちゃうかも。生臭く濃い鉄錆のにおいが立ち込めているであろう中、ぺたんと赤い色水の真ん中に元・私と座り込んでいる彼の服には、黒で目立たないけれどもきっとどす黒い血がこびりついている。その証拠にほら、いつもは輝くばかりの白さを誇る手袋とワイシャツは黒と赤のまだら模様に染まってしまっているのだ。汚しちゃってごめんなさいノボリさん。私の生きていたときには一度だって見せなかった涙を、彼は惜しげもなくぱたぱたと流している。うつむけた顔を滑り落ちる透明な滴は、太陽にめったにあたらない為に病的に白くなめらかな頬とそのすっと通った高い鼻梁の両方を伝って、広がっている私の赤い色水に混和されていた。ノボリさんは半分吹き飛んだ私の頭部を支え血まみれの頬を撫でて、また涙を落とす。やだ、ノボリさんの前でそんなみっともない姿、恥ずかしい!
「……ノボリ」
「…………………」
「ノボリ、もう」
「ひとりにしてください」
「…ノボリ……」
「クダリ、………たりだけに、させて下さ…っ!」
絞り出すようにかすれた声でノボリさんが泣くものだから、私も段々と悲しくなってきてしまう。泣かないで下さいノボリさん、あなたが泣いてると私まで泣きたくなっちゃうじゃないですか。じんわりと目頭が熱くなって、でも瞳から溢れたはずの一滴は地面に落ちることなく空気中で霧散してしまった。押し殺すつもりもなかったのに、泣き声は声帯が仕事を放棄でもしたかのように洩れない。ひゅーひゅーと風の吹いたようなかすかな音がしただけ。
「………ナマエ?」
ぴくりと肩を震わせたノボリさんの顔が擡げられ、こちらを見た彼の2つの目玉が私を捕える。あぁ、あなたの射殺すような懇願するようなその瞳が最高に好きです、ノボリさん。
「ナマエ、ナマエナマエでしょう?ナマエ!帰ってきて下さったのですね!!ナマエ…!」
「ノボリ…」
「クダリ!喜んで下さい!ナマエが帰って、あぁ、よかった!いいえ、あなたの体が亡くなってしまったのはわたくしにも大変辛いです、ですが、ですが、しかしわたくしはあなたが還ってきて下さっただけで、それだけで、それで」
「ノボリ、だめ、ちがうよ、ナマエは死んじゃったんだよ、もう」
「何を言うのですクダリ、ナマエは今そこに、ほら、デスマスになってそこに、おいでナマエ、いらっしゃいまし、わたくしのところへ、さぁ!ほら!」
「ノボリ!だめ!」
ざらりと目の前が黒くぶれて、さっきまでの薄ぼんやりとふわふわした感覚から、現実味を伴った冷たい空気に取り囲まれる気配。歓喜の声を上げるノボリさんと絶望したようなクダリさんの顔、ばらばらと霧のように細かな黒い粒子がわたしの体を構成していく。数秒もたたないうちにすっかりわたしは組み上がった。
「ほら、クダリ。ナマエがかえってきましたよ。前にも増して何て愛らしい」
赤く充血した痛ましい瞳で嬉しそうに笑うノボリさんがわたしに手を伸ばす。顔面蒼白で口元を覆っているクダリさんを横目に、わたしはその手を取った。
ぶちまけられていた血液もノボリさんの服にしみこんでいた赤黒い液体も、いつのまにか綺麗さっぱり消えてしまっていた。地面にはからからに干からびた私の破片が転がっているばかりである。