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ノボリさんが通り過ぎたとき、甘い香水と苦い煙草の匂いがした。
私の上司であるノボリさんはよく、薄いかすかな香りをまとって出勤してくる。それはフローラルなものだったりフルーティーだったりと甘いもので統一されているが、私の覚えている限り一度だって同じものだったことがない。はっきりわかるわけではないのだけれど、多分毎回違う。
「(ずいぶん色んなコロンをつける彼女さんだな)」
彼自身がそんな甘い香りを好むようには見えないから、多分彼の恋人の趣味なのだろう。以前人気のないヒウンの裏道を歩くノボリさんと女の人をみたことがある。意外なことに、ちょっとけばけばしい感じの人だったのが印象的だった。けど人の内面はわからないものだから、おそらく心の素敵なひとなのだ。ノボリさんもそんなところに惹かれたんだろうな。
それにしては甘いにおいをごまかすように煙草の苦いにおいをつけている彼がよくわからないが、ノボリさんも大人の男性なのだ、きっといろいろ事情ってものもあるのだろう。もしかしたら単に彼女とお楽しみだっただろうそのことが周りにバレるのを恥ずかしがっているのかも。
そういうものか。特に気にはならない。
笑顔で挨拶してくれるジャッジさんに同じく笑顔を返して、持ち場についた。