顔見知り強盗かと思った
「ただいまー」
へくしょん、小さいくしゃみを漏らしながら背の高い彼が鍵を開けっ放しだったらしいドアから入ってきた。インターフォンの音と同時に。
「やぁ僕クダリ」
「ベイマックダリ設定はなくなったんですか」
「あっうそ、間違えた!僕ベイマックダリ!」
「まぁなんでもいいですけどーぉ……ていうかただいまってどういうことですか」
寒い寒いとぼやきながら、彼はぐるぐる巻きにしていたマフラーをほどくと椅子の背にぽいと掛ける。手土産の代わりなのか、手にはプリンのカップが透けたビニール袋を提げていた。ビニール袋と一緒にぶら下げているボストンバッグは見なかったことにする。
「どういうことって?」
「いやいやいやいや」
「だって僕ことベイマックダリは君のプレゼントで君のものだよ。君んとこで生活するに決まってる」
「どんな理屈ですか!」
昨日はちゃんと帰ったじゃないですか、泊まるとなったらノボリさんも心配するでしょうに。説得を試みたけどクダリさんは一向に聞く耳を持たない。どうすんだこれ。「だって昨日は着替えとか持ってきてなかったからさー、しかたなく帰った!さすがに毎日同じシャツで出勤はできないでしょ?」そういう問題ではない。
「はー……まぁいいですけど」
「え、いいの?」
「いや、できることならお引き取り願いたいですけど。でも別にクダリさんだし」
「ナニソレ、ちょっと傷つく」
昨日着ていたのと同じ、白いフワフワのジャケットから袖を引き抜いてぶぅたれている。夕ご飯はまだだろうから鍋からシチューを二つのお皿に盛り付ける。まさか夕食時にクダリさんが来るとは思わなかったけど、多めに作っておいたからよかった。わたしって先見の明があるんじゃない?千里眼?ただし休暇中は作り置きのシチューで過ごそうとかいう、自堕落な計画は頓挫しそうだけど。
「クダリさん、ギアステ今忙しいですかやっぱり?」
いただきます、とスプーンを構えた彼に投げかけてみる。シチューとロールパンだけの夕食という、誰かに出すには手を抜きすぎのメニューだけれど、突然来る方が悪いのだ。せめて事前に言ってくれればもう少し何とかしたものを!
「知らなーい、僕はベイマックダリだもん。昼間は街のパトロールしてるんだもん。でも、僕全然関係ないし知らないけど、どっかの駅は今すっごく混雑してるし忙しい、らしい。誰かさんがいないから」
「わたし一人がいない程度でギアステはどうにもならないです、ていうかこれ言ったのクダリさんじゃないですか」
「黒い人のモチベーションがダダ下がるってクラウドが言ってた」
ロールパンをちぎりながらクダリさんがニヤニヤ笑っている。あぁ、今思ったけどせめてパンをグリルか何かであっためればよかった。
「まぁ!ノボリさんったらわたしがいなくて寂しいのね!!イタ電しようかな!!」
「あのね、白の方はモチベーション下がらないのって聞かないの?」
「え?はぁ……、白の方はモチベーション下がらないんですかねー?」
「すっごく下がる!朝まあまあ元気、夜ぐったり。早く帰って心のエネルギーチャージしたい!……って言ってた!僕ベイマックダリだから詳しいことは分かんないけどね!」
半分テレビのバラエティ番組に心を持ってかれつつ、クダリさんの話に生返事して食事をする。間に挟まれたCMで、白いフワフワのモチみたいなヒーローが活躍する映画の宣伝をしていた。あ、これ。クダリさんがまねっこしてるやつ。
「はー、そうですかー」
「ちゃんと聞いてよ!」
「聞いてます聞いてます。あ、みかん食べますか?」
「食べる。……そういえば君、今日いつもと顔が違うね!すっぴんだね」
「お黙りあそばしてくださいクダリさんのバカポンタン!」
ぺいっとお行儀悪く放ったみかんは、クダリさんが丸めてバッグの上に置いていたダウンジャケットのてっぺんに見事着地した。「君、ノーコン。……あ、そっか、モンスターボールもうまく投げられないんだっけ?」「だ、誰に聞いたんですかそんなデタラメ!風評被害だわ!」白のフワフワジャケットとまん丸のみかんは、薄目で眺めれば鏡餅のように見えなくもない。