初恋の話を




 彼女と初めて会ったのは僕が確か12歳かそこいらの時で、パートナーを連れて旅に出た数か月あとのことだった。年齢の割には当時の僕もそこそこ強かったと思うけれど、彼女は僕よりも数歩先を行っていたように思う。僕よりもっと幼い子供だったはずだが、僕をこてんぱんにのしてしまう実力はあったようだ。といってもそれは常識的な子供の域を脱しないものだったし、彼女が飛びぬけた天才だったというわけではない。
 僕もノボリもイッシュの子どもたちの例に漏れずポケモン図鑑の端末を持って旅に出たクチで、もちろん彼女もそうだった。各地のジムに挑戦しながら、よくいろんな町で顔を合わせてはバトルをしたものだ。たいていは向こうから吹っかけてくることが多かったけど、不意打ちで(今思えばあれは卑怯だった)僕から勝負を仕掛けることもあった。会うたびにはしゃいで憎まれ口をたたいて励ましあってバトルして、あれはお互い言葉にはしなかったもののライバルという存在として認め合ってたんだと思う。僕は確かに彼女のことを気に入っていて、彼女も多分僕のことを嫌いじゃなかったんじゃないかな。
 どこに行っても彼女と会えたもんだから、僕はすっかり安心してたんだろう。僕も、多分ノボリも、彼女はいつまでもいるもんだと思ってて、連絡なんか取り合わなくても全然当たり前みたいに遭遇できるもんだと思ってて、どこででも会えるというその奇跡みたいな偶然の連続を、運命的な繋がりか何かと勘違いしていた。
 彼女の何もかもを知らずとも、どこかでつながっているんだと思いたかったんだろう。彼女のことを何も聞かないまま、つながりを持とうとしないまま、僕らはどんどん旅を続けて、そしたらある時ぷっつりと彼女はいなくなってしまった。彼女が一枚だけ撮ってくれた紙焼きの写真(あの時でもすでに古くさい、ポラロイドの小さなカメラを彼女はリュックサックにいつも入れていた)には僕とノボリだけしか写っていない。もう彼女の顔もおぼろげにしか覚えていない。


 旅をやめたのかもしれない、彼女は飽きっぽい性格そうだから。もしくは、幼すぎて家族が心配したから。学校に行くようになったのかもしれない。トレーナーズスクールとは違って年齢ごとに厳密な学習過程が用意されているようなやつ。環境が変わったら、そりゃ旅にばかり出てられないだろう。それか、引っ越してしまったのかも。イッシュにはとっくにいなくて、もうずっとずっと遠くに行ったのかもしれない。または、考えたくないけど、何かあって病院のベッドにいるのかもしれない。
 いずれにせよ僕たちは彼女のその後を知るすべを持っておらず、僕らはそのまま成長し、スクールに通い大学も出てがむしゃらに進み続けて、そして今ここで多少なりとも名前を知られる存在になった。ノボリがどう考えてサブウェイマスターの地位にまで上り詰めたかは知らないが、僕が向上心と自己顕示欲の支えにしていたのはいつも彼女の存在だった。
 彼女に話しかけるすべはないけど、僕がいつか有名になったら、自らを発信し続けていたら。いつかきみは僕をもう一度見つけてくれるかもしれない。あの時きみは子供にしては実力のある女の子だったし、今も少しはバトルを好きでいてくれてるんだろう? 僕が誰にも負けないくらい強くなったら、きっと気付いてくれるだろう?


 あのときに連れていたヨーテリーと一緒に、きっとサブウェイにも来てくれると思う。もうとっくにムーランドへ進化してるかなぁ。僕に話しかけてくれなくたって構わないんだ、僕のことを忘れないでいてくれてたら。僕を思い出してくれて、あの時弱っちかったクダリくんがこんなに強くなったんだねって思ってくれたら。僕はそのために、バトルサブウェイをもっともっと大きな施設にしたいと思う。世界中の誰もが知っている場所に、この世界の全員が僕を認識してくれる場所にするんだ。あの子と最後にさよならも言わずバイバイしたのは、ライモンシティだったから。会えなくなってもずっと待ってるのだ。いつか彼女がふらっと旅の続きを始めたくなったとき、すぐに会えるように。ただ彼女にあの時言えなかった気持ちを発信し続けるためだけに、僕は強くなりたい。もっと。


 君が好きだよって、また明日ねって、言えばよかった。次もバトルしてねって言えばよかった。君へ手紙を出すにはどうしたらいいのって言えばよかった。後悔してもしきれないけど。



「それで、どうしたんですか?」
「それでおしまい。ね、別に面白くない話でしょ」
「うーん……何ともー。それって初恋って言うんですかね」
「さぁ、でもあの子に今会えてたら、僕きっと好きになってたと思う」


ふぅん、と彼女は自分から聞いてきたくせにどこか不満そうな顔をしてライブキャスターに視線を戻した。待ち受け画像は茶色くてフワフワの毛をしたヨーテリーだ。この地方ではありふれたこのポケモンを、パートナーにする人は多い。ソファにだらしなくもたれかかってラジオを聞いている彼女は、この小さいフワフワの生き物を小さいころ道端で見つけてそのまま家に連れて帰ったんだと聞いた。きっとあの時の女の子もそんな感じだったんだろうな。
 今どこで何をしてるんだろう。元気にしているといい。僕を覚えてくれていたら、もっといいけど。




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