無機物にすらモテモテなのである








可愛かったからつい買った、ぺかぺか蛍光色の風船をご機嫌にふわふわさせながら階段を降りる。薄いオレンジ色のそれはまだ太陽の光を浴びていたいわたしの心を反映でもするかのように、地下から外に向かって吹く風へ抵抗もしないで乗っかってふわふわ空に逃げいていこうとする。わかるわかる、わたしも仕事なんかさぼっちゃって遊び行きたいよ。心の中で風船に同情しつつ、伸びるヒモをしっかり手に絡め直した。スタッフオンリーの通路なんて特別薄暗くって陰鬱だ。やだやだ。


「ただいま戻りましたー…あれークラウドさん。お昼行きました?」
「おうおかえりー、わし10秒メシやねん……ってなんやそれ色違いのフワンテか」
「えぇそうなんですよ遊園地で捕獲しまして」


うふふ!と、オレンジの風船を抱きしめて頬ずりしたら制服とこすれてきゅうと鳴いた。


「アホぬかせ。ナマエなぁー、今が勤務時間中ってのは分かっとんのかぁ?」
「ばれましたか……そうですよね、フワンテの色違いってあれですもんね、頭に白い毛玉みたいなのついてるし。写真で見たことありますよ」
「そーそーフワンテ偽装するなら毛玉も付けんとなーってちゃうわ!」
「クラウドさんのそういうノリいいところ好きです!」


フワンテもそう言ってますよってクラウドさんの方に、ぽーんと軽く叩いて風船をフワフワ、漂わせたらゴム製品からの愛は要りませーんとか言ってすげなく叩き返された。ティッシュで。なんだわたしが頬ずりした風船を直接触るのは汚いってか。それともその手に持っていた万年筆で突き刺されなかっただけ優しさがあるのだろうか。後者だと思いたいところである。


「あらー?風船からの愛は要りませんってことはわたしからの愛なら欲しいってことですか」
「イヨッ御両人」
「ハハハ結婚式には呼んだろかー……あっこらキャメロンわしのウイダー!」
「オ腹スイタンダヨ!代ワリニカロリーメイトアゲルカラ!」
「カロリーメイトあんならそっち食ぃ!ウイダーわざわざスプーンで食うなや、中途半端に上品ぶって!」


キャメロンさんは哀れっぽくイケメンフェイスをゆがめて「喉乾クンダヨ!」って叫んでるけどじゃあお茶でも飲んだらいいんじゃない?って話だ。まぁ言わないけど。ぎゃわぎゃわ言い合う二人の手元からぺちょっとゼリーのかけらが飛んできて風船の頭に不時着したので(もったいないなぁ!)わたしは先ほどクラウドさんがフワンテ(命名)を叩いたティッシュを摘み上げて、それを拭った。ごしごし。……ゼリーは取れたけどなんか風船の表面にホコリが集まってきた。


「……何をしてるんですかあの二人は……」
「おっノボリさん。見てください風船、かわいいでしょー」


ノボリさんならわぁ本当ですねカワイイです〜って言ってくれるんじゃないかと期待して差し出したがよく考えたらこういう反応を返してくれるのはクダリさんの方である。だがやべ間違えたと冷や汗を流したのもつかの間、オレンジ色の風船とノボリさんは仲良く頬を寄せ合っていた。ように見えた。


「…………そ、そうでしょうかわいいでしょう!そんなにブフゥ気に入ったならンッフフこの風船あげますよボス!」
「ちが、っぷ、ちょっと!違いますよ静電気でしょう!ナマエこれ何かで擦りませんでしたか!?ええい邪魔な」
「……あ、擦りました。ティッシュで。でもそんな、人にくっつくほど静電気なんか……」
「あなたわたくしの体質をお忘れなんですね」


じとっと睨み付けるノボリさんのほっぺたにフワフワ風船がまとわりついている。「鬱陶しい……」って言いながらノボリさんが手の甲でオレンジ色を払いのけるが、すぐまたフワフワ彼の頬にひっついた。コートだとか手袋だとかで隠れてない分、露出されてる顔は磁力が強いんだろうか。


「ファンシーな体質をお持ちですなー」
「そう見えるならあなたは眼科に行きなさい」
「飼い主に似るってやつですねー、きっとこのフワンテもボスのことが大好きなんですよーぅいやーん」
「何言ってるんですかあなた……これポケモンじゃなく風船でしょう」


うひひって笑ったらつられたようにノボリさんも微笑んで、でも「あっ」クラウドさんとキャメロンさんの手からすっぽ抜けたスプーンが(まだゼリーのことで争ってたのか、暇な先輩たちだ)くるくる綺麗な放物線を描き、と思ったらいきなりカクッと進路を変えて直進しボスのほっぺたにビタッとくっついた。「ゴ、ゴメンナサイボス……」「すんません……」ノボリさんの笑顔が引きつった。わたしはさっきまでフワンテ風船を拭いていたティッシュ(微妙にほこりが着いている)でボスのほっぺたをそっと拭いた。デキる部下とは問題が起きた時に迅速な対応をとるものである。





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