今日も上司がじべたにくっついていた
「ナマエ……ナマエ……たすけ、たすけて……助けてくださいまし……ナマエ……そこにいるんでしょう……」
「はっ!ど、どこからともなくノボリさんのかそけき声が!くわばらくわばら、なむあみだぶつ」
「ナマエ……ぅぅ、ナマエ……」
「そういえばクラウドさんが1番線に出る幽霊の話をしていたようなしていなかったような!何でも終電後のホームで黒い人影が線路からじぃっとこっちを見ているとかいないとか……あれ、2番線だっけ」
「ッちょっと!……ナマエ、そこにいるんでしょう……!勤務態度に甚だ問題があると報告しても良いのですよ!」
「ギャッ嘘ウソうそですって!わぁー、ノボリさんの声がする!どっこかなァー!?」
ホームからひょいと見下ろした線路で、今日も元気に我が上司がレールへへばりついていた。鬼の形相だが正直その体勢のせいで怖くもなんともない。
「げふッ!ゴホン!……ご苦労様です」
「いえいえ、これも業務の一環ですからねアハ」
支給されてるギアルをボールに戻しつつ冗談でそう言ったらジロリとものすごい目で睨まれた。目つきの悪さは当駅随一と(わたしの中で)評判のノボリさんは、今日はすこぶる機嫌が悪いらしい。朝まであのままかと思いましただとか気付いたならさっさと助けなさいとか、日中帽子をかぶりっぱなしだったせいでぺたんこになってしまった髪をいじくりながらぶつぶつ文句を言っている。わたしはもちろん聞こえないふりをしながら「今日も偉かったでちゅねぇー」って赤ちゃん言葉でギアルのボールに話しかけていた。
「気持ち悪いですねぇ」
「フガッ!?ききき、気持ち悪い!?何が悪いんです!」
「気持ちが」
「いやそうじゃなくて」
「あぁ、アスファルトの上で溶けてくっついている飴のようなべったべたのその話し方が気持ち悪いと申し上げました」
「ギアルちゃんやー、もうノボリさんのことは助けないでおこうねぇー」
「ちょ、嫌ですねナマエ、冗談ですったら」
ヒョイとわたしの制帽を取り上げてイイコイイコするみたいにぐしゃぐしゃ髪をかきまわした。「ウギャッ!ノボリさんやめてください髪ぐちゃぐちゃになっちゃうじゃないですかー!」「元からぐちゃぐちゃでしたよ」「フンガー!なんですって!」「いいこいいこ」ついでにノボリさんはわたしの腰についているモンスターボールもなでなでした。
「ぎゃー!セクハラ!」
「してません。ギアルです」
「うちのギアルちゃんは女の子です!」
「ギアルは性別ないですよ」
「……そんなばかな!おいで、ギアルちゃん!」
「うわ、ナマエ!ば、か……っう゛!」
「見てくださいよこのつぶらな瞳に可愛らしい小ぶりの歯車!絶対これは女の子……あっやべ」
ノボリさんがギアルにへばりついている。わぁ、だっこしてるみたい。……じゃなくて。
「ナマエ、お前、許しませんよ……!」
「ひぃぃごめんなさい!ギアル!戻れ!」
バトルが専門でない駅員にも、ここバトルサブウェイではある特定のポケモンが支給されている。それはひとえに、我が上司の体質が為であった。べたっとギアルに貼りついてしまった上司を救出すべくボールに相棒を戻す。ノボリさんは不機嫌な顔で帽子を直すと、
「ふぅ、やれやれ……あ」
その踵がホームの端をつかみそこねズルリと線路へ落下していった。日常茶飯事である。
「あぁっ!ノボリさんが線路にー!ノボリさん大丈夫ですか……ノボリさんがレールにぃぃー!うわぁぁん!地面べったりしてるよぅ!ごきぶりみたいだよぅ!」
「うるさいです……早く……助けなさい」
彼は生まれつきの特性じりょくであるらしい。電気を帯びたものや磁力を持つものに片っ端から吸いついてしまう受難体質なんだって。だからしょっちゅうレールにくっついて泣きそうになってるし、お客様のポケモンに引き寄せられてそのままお持ち帰りされそうになったりしてるのだ。バトルサブウェイに勤務するてつどういんが皆、バトル用とは別に電気や鋼のタイプを持ったポケモンを連れているのは、我らがボスを鉄板レール車体やその他もろもろから引きはがすお手伝いをさせるためである。夜駅を閉めた後の夜の見回りを特に徹底するよう言い使っているが、これもボスがどこかのレールにひっついてないかきちんと確認するため。ボスが快適に過ごせるよう、わたしたちはあらゆる手を尽くしているのである。そうだ、例えばシングルトレイン系統の列車。ノボリさんが乗車するあれらの車両は、ノボリさんの立ち位置にだけ電磁石がひそかに仕込んである。これは彼がバトル中相手のポケモンにひっついたりしないよう、ノボリさんがサブウェイマスターに就任した時設置されたものだって聞いた。そんなにホイホイ引き寄せられてちゃ苦労することもあろうと駅員一同心を痛めているのだけれど、そういった質問にノボリさんはそうでもないですよって飄々と答えている。しかし以前「特性が磁力?じゃあボスって黒板にもくっつくんですか?」って聞いたら本気で睨まれたから、あれはそういういじめに遭った経験があるんじゃないかとわたしはひそかに疑っている。……いけない、思考が飛んじゃった。何はともあれ、取り合えずノボリさんを助けなくては。
「へいへーい。お願い、ギアル」
ボールから飛び出したギアルがきゅりきゅり歯車の音を立てながら、レールが帯びた磁気のせいで吸いつけられて離れられなくなった彼の救出を開始した。ぴりぴり電気を纏うギアルの磁力に寄せられて、ノボリさんが少しずつレールから剥がされていく。
「あぁもう、一晩に二度だなんて!」
「ボスは線路に近付かない方がいいですよ」
「分かってますよ!」
ギアルにしがみつきながらキレ気味でホームに戻ってきたノボリさんは、落っこちた時顔でも打ったのか頬が少し赤い。「お疲れー、ありがと」ぽしゅん!ギアルが光になってボールへ戻ったのと同時に、すたっと綺麗にコンクリートへ下り立った。ここだけ、ここだけ!見るなら、かっこいいんだけどなぁ。
「ノボリさんて鉄道系向いてないんじゃないですかねぇ……」
めっちゃ睨まれた。し、心配して言ってるんだけどな。ごめんなさい。