「……あなた様の戦いぶり、決して悪くはありませんでした。ただ――」


カチカチとはさみを打ち鳴らし、まだ戦い足りないといった風にすごむイワパレスの前でサブウェイボスが滔々と口上を述べる。床に散らばった石ころのつぶてをじゃりじゃり踏みしめ、わたしはくるくる目を回し床へ伏せているダルマッカをボールに戻した。あぁ、もうちょっとだったのになぁ。


「わずかながらワタクシ達があなた様を上回ったようです」


帽子の鍔に手をかけたまま、直立姿勢でサブウェイマスターは声を張り上げる。肩を落としたみじめな挑戦者のわたしを見据える目は、相変わらず鋭い。


「ただワタクシとしてはもう一度お手合わせ願いたい!」


ごととん、ごととん、一定のリズムを刻む列車は未だ減速する様子もない。まだ駅が遠いのだろうか。ぐぅん、カーブで揺れる車体に合わせ、吊り皮が一斉に傾く。ころころと小さな岩の破片が座席の下へ転がって行った。それでもサブウェイボスはよろめく様子もない。


「ぜひ!ぜひ!またのご乗車を、お待ちしております!」


ぴっ!敬礼してから一礼、口上を終えるとサブウェイボスの彼は少しだけ目を柔和に細めると穏やかな声音でぼそっと呟く。「どうも、ありがとうございました」ぶっちぃ。どうしてだかインゴさんのその言葉で、無性に腹が立った。




「ヒッ……ひぃ、やめ、やめて下さいまし!はしたないですよ!はしたな……あぁぁぁこちらに来ないで下さいましぃぃぃッ!!」


今日のわたしの服装は膝上のワンピースにジャケットだった。足元はショートブーツ。だからあまり大きな動きをするとパンチラどころじゃすまないっていう危険があった。バトルには思いっきり向かない組み合わせだ、だってポケモンが起こす風でめくれ上がる心配があったから。でも今この場に限ってはそんなことどうでもいい。


「ウボアァァァァアアァァァ!」
「ひっひぃぃッやめなさい、やめ……助けて下さいエメット!」
「エメットって誰だぁぁぁオラァァァァ」
「あっあっあ、アハッ、あ、ひっ」


なんかものすごくむかついたから、腹いせにブリッジでサカサカ床を歩きまわってやった。ゴツンゴツンと床に散らばった石ころが手に当たるけど気にしない。パンチラしようがどうせこの人しかいないのでそれもどうでもいい。あっどうだろう監視カメラがあるのかもしれない、さっきインゴさんと話してた相手はバトルの様子をモニタリングしてたか。でもいいや、今日のパンツは色気ない白だし。インゴさんはサカサカとブリッジで床を這いまわるわたしを怯えた目つきで凝視しつつ、ひぃひぃともはや消えそうな喘ぎ声を漏らしていた。両目を大きく開きこわばった顔で、座席に乗り上げ(しかも靴のまま!いけないんだ)わたしから出来るだけ距離を取るように縮こまっている。丸くなってプルプル、バチュルみたい。少し気が済んだので、ブリッジを解いてばったり床に倒れ込みながらインゴさんをじとっと睨みあげた。砂利が背中に食い込んで痛い。彼は座席から身を起こし、こわごわわたしを覗き込む。


「ど……どうしたのですか、突然……病気ですか」
「ブリッジで這いまわるって一体どんな症状ですか」
「ほら、あの……悪霊の映画の、アレとか」
「あれはフィクションです」


ごっとん、ごとごと。ぺったりと床に倒れているせいで、トレインが減速しだしたのがよく分かる。覗き込むインゴさんの頭が天井の蛍光灯を遮って影を落とした。まぶしかったから、ちょうどよかった。ごとん、ごとん、しだいにゆっくりになっていく車両を背中で感じながら目をつむる。上の方で、インゴさんが訝しげに息をついたのが分かった。トレインが停車する。扉の開く音がした。


「わたし、降りなきゃ」


ころりと石ころをひとつホームまで蹴り転がして、トレインを降りた。振り向けばインゴさんが何か言いたげに、口をぱくぱくと動かしたけど結局言葉にならず唇をへの字に結ぶ。


「どうも、ありがとうございました」


プシュッと空気の抜ける音がして、扉が閉まる。インゴさんはガラス越しにこっちを見つめたまま。


ゆっくり加速していくトレインはホームから滑り出して行った。名残みたいな風だけ、ひらりとスカートの裾を揺らしていく。わたしはそれを押さえつけると、ギアステーションへ戻る列車に乗るべく踵を返した。





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