「……たいくつー……」


毎週当たり前みたいになってたインゴさんとの映画鑑賞が、ふっつり途絶えてもう一カ月になる。






「ゲッうそやだいわなだれなんてやめてよぉ!シンボラー、サイコキネシス!!」


空中に放られた鋭利な岩礫が皮膚のすぐそばをかすめる。床に四散して崩壊し視界を曇らす砂煙の間から、翼をいわなだれの攻撃で毛羽立たせてしまったシンボラーが飛びだした。ぐにゃあ。ぎょろりくるりとした眼が白っぽく輝くと相手のドッコラーの姿は空間がねじ曲がったように向こうの景色と混ざりゆがんで、筋組織を無理に引っ張ったみたいにピシピシメリメリ小さな音を響かせる。久々のバトルで気合いが入っているのか、ぶおんと大きくシンボラーが翼をはためかせた。同期してドッコラーの体が浮き上がる。そのままトレインの窓ガラスに叩きつけられると、戦闘不能に陥ったのかキュウと微かに鼻を鳴らして動かなくなった。「お、おぉう……よくやったね、おつかれ……」わたしのシンボラーは、飾り羽をひらひらさせて得意げである。


「ぼ、防弾仕様なのかな、割れなくてよかった……」


白目をむいたまま列車のシートにあおむけで倒れ込んだドッコラーを急いでボールに戻した少年が、回復機に駆け寄るのを座席についたまま眺めていた。わたしの子たちもあの少年の回復が終わったら元気にしてあげよう。まだまだ気合い十分のシンボラーがフワフワぱたぱた纏わりついてくるから手のひらでお腹をナデナデしつつ、次のバトルに向けて軽く戦略を練っておく。攻撃重視、ガンガン行こうぜ。うん、やっぱこれだな。


「おねーさん、ありがと。おねーさんもポケモン回復させてあげたら」
「あぁ、うんありがとー」


ぱしゅっと赤い光になってボールに吸い込まれたシンボラー、それからさっきのバトルで傷ついてしまったポケモンを2匹、回復機にセットしてスイッチを入れる。てんてんてろりー。次は21両目です、対戦を続けますか?ピコンと開いたメッセージボックスの質問に迷わずはいと答え、充分に元気を取り戻したわたしの子たちを回復機から取り上げた。ノーマルトレインは次が終点だ。終点、サブウェイボスとかいう人が待ってる車両。


「いいなぁ、おれもサブウェイボスと戦いたかったな!おねーさん頑張ってね」
「う、うん」


バトルサブウェイなんて挑戦しに来たのは初めてだったから、当然ながらサブウェイボスなんてものにお目にかかるのも初めてである。どうやら目の前の彼はサブウェイボスその人が憧れであるらしく、悔しそうにシートへ腰を下ろした。彼の背後の窓ガラスはトンネルの明かりが時々ひらめくだけで、あとは何も見えない。夜みたいに暗い。今何時なんだろう。


「よし、……よし!わたし、行ってくるね!」


うん、ばいばい!って少年は、すっかり元気になったクマシュンと手遊びしながらわたしに手を振ってくれた。21両目へ通じるドアのガラスにはブラインドが下がっていて、向こうの車両で待っているというサブウェイボスの姿を拝むことは出来ない。うっすら汗で湿る両手を握り締め、ごろごろと思ったより重厚なドアをスライドさせた。


「本日は、バトルサブウェイご乗車ありがとうございます」


ごとごと足場のいまいち良くないトレイン内だっていうのに茶色と黒の太い縞模様でデザインされているコートを揺らがせもしないで、その人、サブウェイボスは姿勢良く背筋を伸ばしたまま目深に被った帽子の下から張りのある大きな声を響かせた。


「ワタクシ、サブウェイボスのインゴと申します」


……んん?誰だって?


クイッと引っ張り上げた鍔の下からギラついた両目がのぞく。口上を続けようとした唇がパカッと開いたまま、視線はわたしの顔に釘付けになった。


「あ、えっ?あれ、あなたは」
「えっ、えぇ?インゴさん?」


サブウェイボス、ていうかインゴさんはさっきまでのキツい眼光が嘘のようにその長いまつげで縁取られた目をしばたたかせた。白い手袋に包まれた手はおろおろと腰につけたモンスターボールのボタンをいじくっている。何か喋ろうとしているのかぱくぱく唇を動かすのだが、どうにも出さなくちゃいけない言葉が何だったのか思い出せないようで、おろおろ、おろおろ。


「あの、サブウェイボス……?」


ハッとしたように彼は姿勢をただした。わたしの声に反応したのかは分からない。インゴさんは右手で美しくピッと耳元を押さえると、何事かポソッと呟いた。多分、なんでもありませんとか、そんな感じの言葉だったと思う。インカムしてるんだ、きっと。ごほんと咳払いしてわたしに向き直った彼は、もうさっきみたいに混乱した目をしていなかった。ギラリギラリとして、バトルへ臨むにふさわしい目だ。


「失礼致しました、お客様……さて、次の目的地ですがあなた様の実力で決めたいと考えております。ポケモンの事をよく理解なさっているか、どんな相手にも自分を貫けるか……勝利もしくは敗北、どちらに向かうのか……」


手のひらに握り込んだボールがかたかたと武者震いしているように震えだす。サブウェイボスのよく通る声が、重力みたいに、目には見えない圧力となってじりじりプレッシャーをかけてくる。シングルトレイン21両目。ここが最後だ。とりあえず、ノーマルトレインでの。


「では……出発進行ーッ!!」


ビュッとお互いに放った赤白のボールが、風を切って空中に踊り出す。ぱかぁん!小気味よい破裂音を立てて赤い光と共にデータから実体へ、ポケモンが繰り出されてトレインの床へズシンと足をつけた。負けるもんか!


「ダストダス!どくどく、ベノムショック!」
「マラカッチ、せいちょう!ウッドハンマー!」


跳ねあがったマラカッチに向かって、ダストダスがべったりした毒々しい液体を吐き浴びせる。ブワッと悪臭が立ち込め風を起こすと同時に、マラカッチが毒液で紫に染められたトゲトゲの腕を振り下ろした。ぼぐっ!まともに脳天で受けたダストダスはふらつきよろめく。「マラカッチ!もっかい、ウッドハン、マ」ぼろり。ダストダスの体から、ゴミの破片が零れおちた。「……え」ぶるりと身を震わせてそれをはたき落として、ダストダスは何なくマラカッチの動きに合わせる。しまったこいつ特性あくしゅうじゃなくてくだけるよろい……!


「ベノムショック!」


ずだん!毒液でべとべとにされたマラカッチが床に叩きつけられる。サブウェイボスはニィと口の端で笑って、クイッと顎を挑発的に持ち上げて見せた。くそ、こいつ絶対倒してやる。睨み細めた視界で、彼の姿がじわりとゆがんだ。背筋がゾクゾクする。





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