「……ご指名ありがとうございます」


一週間前と同じに、1005号のインターフォンを押して訪問を告げた。彼はこの間と同じように湿ったシトラスの匂いをさせながらドアを開けると、わたしの姿を認めてどこか満足げにフッと息を漏らす。なんかあんこみたいな香りがした。わたしも食べたい。そこから先の行動も前回をなぞったように同じで、ただ渡されたパジャマはベビーピンクの女物になっていた。少しだけ大きめ。けどこの間着せられた男物に比べたらずっとしっくりくる。


「うぅ、うっ……、ヒッ」
「(でもやっぱりこうなるんだなぁ……)」


ブルブルしながら後ろからしがみついてくるインゴさんの腕をぺちぺちリズミカルに叩きながら、ひとくち大にカットされたもりのヨウカンを頬張る。画面の中では、ヒロインがタンスを開けて絶叫している。カメラが切り替わって問題のタンスの中身が映る、引き出したそこにはみっしりと血塗れの女が詰め込まれていた。こういうのを見るといつも思うんだけれど、オバケで出てくるのはどうして女だとか子供だとかばっかりなんだろう。おっさんのオバケだっていてもいいんじゃないかな。肩口でははぁはぁとインゴさんが荒い息を吐いている。


あれ、もしかして。インゴさんってそういう性癖の方……?


後ろからガッチリホールドされてるこの体勢も、うん、見ようによっては股間を押しつけて来ているように思えなくも、ない、かも。女の子にこういう映画見せて悦ぶ変態さんかな、女の子が怖がったとこで食べちゃう系なのかな。それにしては体の震えが尋常じゃないけど。そんなことをうっすら考えながらちらりと、抱きこむ腕の隙間から顔を伺ってみた。が、彼の視線は画面に釘付けで、フーッフーッと動物のように吐き出す息は興奮と言うよりむしろ威嚇でもしているよう。強張った顔にテレビから出る光が反射してぼんやりその般若みたいな表情が暗がりに浮き上がっている。あんたの方がよっぽど怖いよ。ぎゃああってスピーカーから飛び出してきた悲鳴にビクッと彼は跳ねあがった。画面に目を戻したらヒロインがでかい食虫花にばっくり捕食されてるところである。これのどこが怖いのインゴさん。






翌週もまた翌週も、決まった曜日に呼びだされて、することと言ったらホラー映画をだらだら鑑賞するだけだった。なんて楽なお仕事なんだろう。インゴさんが何度も良いお値段で指名を入れてくれるから、わたしは未だ彼以外のお客さんを取った事がない。今日もまた、オネェさんの送迎でインゴさんのおうちに運び込まれる。今日のは外国のホラーだった。陰気くさく目の落ちくぼんだ女ゾンビが通気口からでろりと出てくるところは、確かにちょっと、うん、怖かったかもしれないけど。


「インゴさん、ちょっとね、苦しい……」
「何ですか、トイレですか?」
「ううん、違います」


じゃあ我慢して下さいまし。ぴったり磁石みたいにへばりついて、脚まで絡めて抱きついてくるインゴさんは相当に小心者だ。夕食後の映画も観終わってふたりして歯も磨いて、もう1時間は経ってるのに未だばくんばくんとせわしく心臓を動かしているのがわかる。隙間の1ミリも残さないくらいぎゅうぎゅうにしがみついてくるから、ことさら背中に当たるその拍動がよく伝わって来た。ふと悪戯心がむくむく顔を擡げる。


「……?どうしました?何です……?」


動かし辛い体をよじりもそもそ頭の方に這いあがって、さっきのゾンビがやってたみたいに彼のおでこにごりっと軽くかぶりついてみた。鼻先をかすめた彼の髪の毛はうっすら甘い、いい香り。インゴさんは暗がりでわたしの顔を見上げたまま数瞬きょとっとしていたけれど、すぐさっきのシーンを思い出したのかカッと目を見開くと、今度はがっちりホールドどころかわたしの頭まで抱きこんで身動きも出来ないくらいきつく拘束してきた。笑っちゃう、そんなに怖かったの!面白かったので彼の胸元に顔を押しつけられてふがふがしたまま笑い声を漏らすと、インゴさんは不機嫌そうにスンと鼻を鳴らした。


「……いいですね、ワタクシが眠ってしまうまで、寝ないで下さいね」
「じゃあ早く寝て下さい」
「アナタが脅かすからっ、……眠れないのです!」


彼の腕がぎゅうぎゅうで息苦しいので、仕返しにさっきのメスゾンビみたいな潰れた低い呻き声を出してみた。うぉぉあぁあう。彼はビクリとして拘束の腕を緩めると、わたしたちをすっかり覆っていた掛け布団をぺらりと軽くめくって、カーテン越しの月光しか届かないような暗闇に目を凝らしている。わたしのちょっとだけ馬鹿にしたようなニヤニヤ顔を確認するや、ふっと細く息を吐き出して、緩めていた腕でまた抱き寄せた。ビビりだなぁ。





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