「っう゛、ぁ、……ッ!」


肩口に強く額を押し当て、わたしの胴を締め上げる腕はもうがくがくに震えている。じわっと首に垂れ落ちてきた液体は汗か涙か、あるいはその両方かもしれない。でかい図体に似合わず息を切らしてしがみつく姿は必死すぎて頼りなくて、思わず後ろから抱きすくめてくる彼へ手を伸ばして頭を撫でてみたらびくりと身を震わせた。彼が喘ぐように呼吸するたび濡れた吐息が背中を撫でる。わたしは抱えていた紙カップから、ポップコーンを2、3掴んで口に放り込んだ。


「……そんなに怖いなら、観なきゃいいんじゃない?」


テレビの中では人としてちょっとおかしいレベルで眼球が大きい女の子がスーツの男性の脛に纏わりついてニタニタ笑っている。わたしの咀嚼音につられてソロリと顔を画面に向けたインゴさんは、尻にバネでもついてるのかと思うくらい盛大にビクッと跳ねまた縮こまってわたしの肩口へゴリゴリ額を押し付けた。ちなみに彼は「脚を下ろしているとオバケに掴まれそうで怖い」という理由から、2本目のDVDを見始めたあたりからソファの上に両足を上げ、わたしの胴にガッチリ巻き付けて座っている。ついでに言うと「後ろから誰かに肩を叩かれそうで怖い」という理由で、1本目の序盤あたりから毛布を頭までひっかぶっている。ちょっと暑い。いや相当に暑苦しい。


「だって、……っひ、あの、どうしても、ッ!!……気になって……」


ガコン!スピーカーから響いた音に身を固くしながらインゴさんはすすり泣きみたいな声で答えた。びくついてるとこ申し訳ないが、今のはヒロインの女の人が飲み終わった空き缶をゴミ箱に放り込んだ音だ。怖がるシーンじゃない、全然。


「インゴさん、今そんなに怖いとこじゃないですよ」


現在時刻は20時を少し回ったところで、流石にちょっとわたしは空腹だった。だってお仕事前にいっぱい食べちゃったらお腹ぽっこりしちゃうし、そんなのって脱ぐ前提のお仕事だったら絶対許されないスタイルでしょう、だからわたし、今日は朝から食事は控えめにしてたのだ。まぁ今はちょっと、ポップコーンとかポテトチップスとか、あとインゴさんがレンチンしたまま全然手をつけずに握りしめたままだったから奪い取ってやった焼きおにぎりとか食べちゃってるけど。だけど水分摂取は控えめ、何故ならトイレに立とうとするたびインゴさんがこの世の終わりみたいな顔して体をフルフルさせたままくっついてこようとするからだ。流石に男性と連れションは嫌すぎる。画面の中ではもちゃもちゃとヒロインの女の子がデリバリーのピザを食べている。美味しそう。


「ねー、ちょっとお腹すきません?あと、ずっと座りっぱなしで流石に辛いんですけど。この体勢、ねぇ、腰悪くしそう」


暗に放せよこのやろうと言って身をよじった。ら、インゴさんは死んでも離すまいといった体でますますしがみつく腕に力を込めた。うぐ、めっちゃ苦しい。このやろう。


「ねー、……うぐっ、ちょ放してマジで……ヴォエ゛ッ、あの、ゲロ出るゲロ……ゥグフゥッ、な、内臓出る……!」


ギリギリ締め上げる腕にいい加減本気で死の危機を感じ始めたので彼の腕をべちべち叩いた。ぶるぶる震えている体を引きはがしてしまうのは酷なようにも見えるが、ホラー映画なんぞ観ているこいつが悪いのだ。テレビ画面の中ではヒロインがショットガンから銀色いべちゃべちゃした何かよくわからない液体を幽霊ズに向かってぶっぱなしている。オギャーと何だか情けない悲鳴を上げながらオバケが爆発した。なんだこれとんだB級映画だ。


「こ、ぐウッ!こっ怖くないですよー、大丈、夫、だったら」


腕の力を少しだけ緩めつつ、恐る恐るインゴさんは顔を上げた。びくびくはしているけれど、四散するオバケはそんなに彼の恐怖を掻きたてなかったらしい。ズッと鼻をすすりながらはぁとため息をついてゆるゆる体の力を抜いている。未だわたしの胴にガッチリその長い脚を巻き付けてはいるけれど。ね、大丈夫でしょって笑いながら唇にポップコーンを押し当ててやったら、うっすら涙を浮かべている赤くなった目を瞬かせて少し照れたように数回まつげを伏せた。


「デリバリー頼みましょうか、これ観終わった、らァァァァッ!?」
「ぎゃー!?、ッグ」


ひっくりかえった声で叫ぶもんだからつられて悲鳴を上げてしまった。びびびびっくりした。テレビに視線を戻したら、飛び散るオバケの顔面的な何かが画面いっぱいに映り込んで、そしてエンドロールを迎えるところである。あぁ、これは流石にちょっと怖い……ていうかグロい、かもしれない。叫ぶほどじゃないけど。ガタガタ震えながらオーマイガッてインゴさんはぶつぶつ言っている。耳元でやるのはやめて欲しい、そんな震えた熱い声、あまりに状況と似つかわしくなくって笑っちゃいそう。


「……映画終わったからピザ取っていい?」
「電話かけるのはあなたですよ、ワタクシ、怖いので。向こうにオバケがいたら」


まったくとんだチキンだな!そのくせ「夕食終わったら、次はこれ、観ましょう」とか言いながらまたレンタルショップの袋からホラー映画のDVD引っ張り出すんだからもう、この人ほんとにバカなんじゃないだろうか。





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