「ここに服、置いておきますので。上がったらこちらを着て下さい」
「はぁい」


ちゃぷ、と手のひらでかきまわしたお湯は乳白色に濁っている。男の人にしては趣味が可愛らしい。男性ならよくてフエンの湯とかその辺の入浴剤を使うもんだと思ってたけど。それともまさかわたしの為にお湯を張り直してくれたのだろうか、そうだとしたらこの可愛らしいミルキーピンクも納得である。ちゃぷ、ちゃぷ。手のひらでわざと大きく波を立てる。浴槽の壁に当たった波が跳ね返って肩に乳白色の飛沫を散らした。落ち着かない。正直なところ逃げ出したい。じっとお湯に浸かってたら、バクバク言う心臓の音が室内に反響する気がして嫌だ。濡れてそぼった髪の毛の先が、心拍に合わせてふるりふるりと揺れている。


……何かのコスプレさせられるのかな。


擦りガラスの向こう側に置いてかれたそれはでこぼこしているガラス板のせいでぼんやりとしか見えないが、うっすらピンクがかっているように見える。……てことは、例えば、ナース服とか。わたしの乏しい知識ではそのくらいしか浮かばないんだけど、少なくともボンテージとかその辺のアブノーマルなやつじゃなさそうだ。ひとまず胸を撫で下ろす。いや、ナースのコスプレがノーマルかっていったらそれも首をかしげるものだと思うけど。だが少なくともSMプレイよりはお医者さんごっこの方がずっと抵抗なく興じる事ができる、多分。しかしプレイの打ち合わせもしないうちから風呂に入れて勝手に服決めるってどうなんだ。


「朝までここかぁ……」


ひっそり呟いた言葉は結露した合成樹脂の壁に小さく反響してすぐ消えた。金払いがいいとは言っても、初めてのオシゴトとしては結構ハードル高いんじゃないだろうか。せめてもの救いは、彼の容姿がなかなかわたしの好みだったってことだろう。世間一般的に言えば、恐らくフツメン以上。わたしの価値観が間違ってなければ、だいぶとイケメン。常連だってオネェさんは言ってたけど、なんでデリヘルなんか呼んでるんだ。ぱしゃり。


「……そろそろ出なくっちゃ、まずいよね……」


お湯が冷めたわけでもないのに背筋が小さくぶるりと震えた。入浴中にあの人も入ってきて即プレイ開始、なんていう恋人以上犯罪未満みたいなサービスを強制されるのかと思ったけどそうじゃなかったみたい、ちょっとは覚悟してたけど予想が外れてよかったと思う。話に聞く限りではそういうのもあるらしい、所謂カップルプレイ、恋人プレイ。浴室にタオルのようなものが置いてなかったのでそのままぽたぽたと体から雫を滴らせつつ脱衣所に出ると、さっき擦りガラス越しにぼんやり見えていた布の塊に出迎えられた。服だと思ってたのに、それはピンク色したバスタオルだった。……男の1人暮らしだよね。随分可愛らしいこと。(あれ、じゃあコレ着てきて下さいねって言ってたのは、どこに置いてあるんだろ)くるり視線を巡らすまでもなく、乾燥機の上へぽんと無造作に置かれていた。広げてみると水色のサテン地パジャマである、しかも男物。


……てことは、お泊まり恋人プレイかぁ。


まだ14時、どんなにわたしが長湯してたとしてもせいぜい15時。パジャマの時間にはほど遠いのに。一体どれだけ長いことベッドで過ごすことになるやら、考えるだに気が重かった。本番ナシって約束ではあるけど、追加料金出されることになるかもしれない。うわぁ明日歩けるかな。


「もしもし?お風呂、上がりました?」


ドライヤーは洗面台の横ですからね、とノックのあとのドア越しに声をかけられて、そのまま歩き去った音が聞こえる。カップルプレイなら彼女の髪乾かすなんてむしろ垂涎イベントだろ何故スルーした、と思いつつも男に髪を任せてぐしゃぐしゃのわしゃわしゃにされたら敵わないから黙ってた。しかも相手が恋人とかならいざ知らず初対面の人なのだ。


手とか、うん、指とか……白くてほっそりしてて、器用そうではあったけど。撫でられたらちょっと、気持ちよさそうではあったけど。


そんなことツラツラ考えながらたっぷり時間をかけて髪を乾かし、彼の待っているであろうリビングルームにそろりそろりと足を踏み入れたら置いてある時計じゃもう15時前だった。昼間だってのにカーテンの閉め切ってある薄暗い部屋に、思わずごくりと唾を飲み込む。どうやらベッドのあった部屋ではなくここで致すらしい、うわもう絶対明日体おかしくなる間違いない。


「……待ってましたよ」


こちらへいらっしゃい。わたしに気付いて振り向いた彼にチョイチョイと手招きされて、ソファに座った彼、インゴさん、の広げられた脚の間を指差しされる。そこに座れということか。わたしが風呂に入っている間に着替えたらしい彼も、落ち着いた黒っぽいパジャマ姿だった。失礼して彼の膝の間にちょこんと腰を落ち着けると、後ろから腹に手をまわされる。下着をつけていない胸に一瞬だけ長い親指がかすめてびくっとなった。感じたとかじゃなくて、驚きでだけど。ちらりと横目に見たら、わたしたちの腰掛けている横にはすべすべした質感の厚手の毛布が一枚畳んで置いてある。あー、これほんとにここでやんの、うわぁ。


ぎゅう、と回された腕に力がこもったので、もう逃げられないなぁなんて頭の片隅でうっすら考えながら組んだ彼の手に指を這わせる。「何もしなくて、いいですから」ぽそっと囁くように耳元で吐かれた声はあまりに低くって、少し泣きそうになった。





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