送迎のおじちゃんはイカツい見た目に反し若干ゆるい所のあるオネェだった。そっち系の人って言うのはすべからくナヨナヨしたモヤシ男だと思ってたけどこういう人もいるらしい、もしかしたらこのおじちゃんが特例なだけかもしれないけど。まぁひょっとするとお客さんを威圧するって意味で筋肉つけちゃったりしてる所もあるのかもしれない、時々悪いお客さんもいるって聞く。「……着いたわ」まるでベテランのタクシードライバーみたいに滑らかなブレーキで車は止まった。


「ありがと」


もたもた財布と携帯と下着の替えくらいしか入ってない鞄を掴み、おじちゃんもといオネェさんが運転席からわざわざ回って開けてくれたドアをくぐる。お嬢さん扱いみたいでちょっとだけ得意になった。今からするお仕事を思えばお嬢さんどころかとんだ売女なんだけども。ドアの取っ手に手を掛けながら未練がましくのろのろヒールを履きなおしていると、ちょっとだけ心細げに眉をひそめながらオネェさんが記念すべきわたしの第一であるお客さんの名前と年齢を教えてくれた。どうやら若い男らしい。


「常連さんで、金払いは良いらしいけど。女の子からの評判は……あんまり、っていうか。ちょっと……微妙、だわよ」
「あーうん、大丈夫。たぶん。ありがとう」


客を選べる立場じゃないし、金さえ払ってくれるんなら多少のことは我慢してやるつもりだった。オネェさんにもう一度ありがとうを言って、ようやくしっくり収まったヒールの底でコンクリートを数回叩く。オネェさんはちょっぴり不安そうな顔してわたしを見ている。


「気をつけてね。いーい、何かヤバいと思ったら連絡入れんのよ、なるべく早く来るから……サングラス掛けて」


そりゃあヤクザに見えるだろうね。ぷっと小さく吹きだしたらオネェさんも多少安心したように微笑んで、ポンと肩を叩いてくれる。大丈夫。昨日まではゲロ吐くほど緊張してたけど、もう覚悟は決まっている。あ、嘘、実はまだ正直怖いんだけど。「……大丈夫?」「だい、じょぶ」キッと目の前にそびえるお高そうな建物を睨みあげた。ここまで来て帰れるか。




普段はどこで乗っても遅く感じられるのに、今日ばかりはエレベーターの動きがやけに速く思えた。随分緩慢に動かしたはずの脚だったのに、もうわたしは1005号の部屋の前に立ってしまっている。緊張のせいで、冬場に手袋もせず一日歩いたあとみたいに冷たくなっている指が憎い。ぶるぶる震えてるのは寒さのせいじゃない、だって今日は春の陽気だって朝のテレビでニュースキャスターが言ってた。ちくしょう、真冬日ですマフラーをお忘れなく!とか言ってくれてたらこの震えも気温のせいに出来たっていうのに。


「ぴったり、14時。……やだなぁ」


ぎゅうっと二度三度握りこんでから、決心してインターフォンのボタンを押しこむ。ぴんぽーん。わたしの決意と裏腹に間抜けで軽い音が響いた。


「はいはい、お待たせいたしま……おや」


ドアチェーンを外しながら顔を覗かせたのはデブかキモオタかと考えを巡らせていたわたしの想像を裏切ってなかなかに良い男である。揺れた髪の毛から、湿った甘いシトラスの香りがした。


「気の強そうな女性を、と、お願いしたのですけれど。ワタクシ」
「……気が弱そうに見えるって言うんですか?」
「ええ、いいえ……まぁいいでしょう。どうぞ」


促されたのはひとり暮らしの男性(多分)にしてはそこそこ大きめのフラットで、あんまり生活感が無い。廊下はぴかぴかに磨かれているし、もしかするとわたしの家より綺麗かもしれない。と思ったのに、「前金ですよね、ちょっと待って下さい」背の高い彼がそそくさと引っこんで行った部屋を細く開いたドアの隙間から覗いたら驚くほど雑然としている。ベッドの上にまでシャツだのアタッシュだの紙類に掃除機、ハンディモップなんかがごちゃごちゃととっ散らかっていて、こんな部屋でサービスしなければいけないのかと少し心配になった。きったない部屋!


「お待たせいたしました」


澄ました顔で何事もなかったように綺麗な廊下へ出てくる彼は左手に黒い皮の長財布を持っている。後ろ手に文字通りな汚部屋のドアを閉めてから、適当っぽい手つきでそこから数枚引き抜くと念押しするようにわたしの手のひらへ握りこませた。


「……ちょっと多いですけど。チップ?」
「どちらかと言えば、口止め料ですかね」


もちろんあなたも客の個人情報は守ってくれるんでしょうね、と背の高いくせして上目づかいに聞いてくるから、答えは口に出さず鷹揚に頷いておいた。個人情報も何も、あんたのことなんか住所と名前と、それから年齢くらいしか知らない。わたしがこっくりするのを確認するとフッと口の端で軽く笑いを浮かべて、彼、インゴさんも結構だと言いたげに頷く。


「お湯張っておきましたから、まずバスルームどうぞ。ワタクシはもう浴びました」


……仕事前にしっかりお風呂は入ってきたんだけど。ちょっと拍子抜けしたけど、彼がそうしたいなら別段反対する必要もない。1人の時間をくれるならありがたいくらいだ。バスルーム、そっちですと指差した彼に軽く会釈してドアを開けた。少しだけまだこもっていた空気は、これも湿った甘いシトラスの匂いだ。





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