ばこんっ!!
21両目に続くドアを乱暴に引き開けた。
向こう側に立っている黒い服のサブウェイボスさんは、少しびっくりしたようにこちらに視線をよこし、そしてわたしの姿を認めると、もっとびっくりした表情を作る。パカッと口を開いて絶句している姿はかなり、間抜け。数ヶ月前のやりなおしをしているようだ。
「サブウェイボス。こんにちは、チャレンジャーのナマエです」
「あ、あぁ……ナマエ、えぇ、こんにちは、?」
しばし放心の後、はっとしたように姿勢を正して、サブウェイボスは制帽を被りなおした。左手は落ち着かない様子で、腰につけたモンスターボールのスイッチを弄んでいる。
「わたし、今日はバトルだけじゃなくって、デリバリーに来たんです。サブウェイボスの、インゴさんへ」
「……何をです?ワタクシ何も、頼んでおりません……頼んでおりませんよね?」
「ええまあ。本日お届けにあがったのは、3ヶ月ほど前にお渡ししわすれた、キスになります」
ガッとその無駄に立っているコートの襟をひっつかんで引き寄せる。え、と彼が身を引く間もやらずに、ぶちゅう。ちゅうちゅう。暫くあむあむしていたが、あまりに反応がないので薄眼を開けてみる。インゴさんは目を見開いたまま真っ赤になって固まっていた。
「……ぷは。はい、確かにお届けいたしました、ではバトルお願いします」
「え……!?え!?」
「いけーシンボラー!サイコキネシス!」
「え、えっ!?だ、ダストダス!どくどくベノムショック!」
どぱぁん!毒液が念波の壁にぶち当たって飛び散る。相殺しきれず生き残った余波がダストダスの腹に直撃した。ぐにゃあと時空ごとゆがんだようにめくれ上がって、ゴミをぶちまけつつダストダスは倒れ伏す。「あ、わたしお店通さずにデリバリーすることにしたんでー、ご用の際は直接お電話下さいねぇー!」「は、ぁ……?」「戻ってシンボラー!」「直接もなにも、電話番号なんか知らな……行きなさいギギギアル!」「ダルマッカ!フレアドライブ!」じゅわ!ジュエルの輝きに手助けされたダルマッカが、オッカの実ごとギギギアルを熱気で包みこむ。ギリギリギリと恐ろしい音を立てたあと、くるりくるりと回転を緩めてギギギアルは床に落っこちた。ずしゃっ。
「と、トレーナーの動揺を誘うとは……!ワタクシ、あ、……なんて卑劣な手を!」
「ウン?なんのことかよく分かんない。頑張れ、マラカッチ!にほんばれ!」
「イワパレス!シザークロスです!」
トレインの中が屋外のようにパァッと明るい光に包まれる。光源がどこだか分からないような乱反射した輝きの中、ジャギッと伸びたイワパレスのハサミがマラカッチの胴をざくっと切りつけた。「くそ、戻れ!ごめんね……行けダルマッカ!フレアドライブ!」「イワパレス!ストーンエッジ!」ずどどどっと落っこちてくる岩と乱反射する光の中、小さな赤いわたしのポケモンがごうっと炎を纏って突撃していったのが見えた。「イワパレス!」ふらつきながらもグッと地面に足をついている。反動で目を回したダルマッカが、床に落っこちる前にボールへ戻した。次!
「いけーぃシンボラー!ラスターカノン!」
あ、とインゴさんが口を開けた。
「……あれは流石に、酷いではありませんか」
ぶつぶつインゴさんが文句を垂れる。ぶつぶつ。ワタクシ、まだ口上も述べていなかったのですよ。ぶつぶつ。
「だってインゴさんがキスくれって言ったんじゃないですかー、この間」
「この間って。その場でしてくれないなら、その気がないのだと思うに決まっているじゃないですか。というより、何もバトルの前でなくたって」
「あーもううるさいなぁー」
列車の青いシートにふたりで並んで座って、久しぶりにお喋りする。インゴさんは何だか、3カ月前よりじめじめになった。特性しめりけでも獲得したのかしら。
「それで」
「はい?」
「電話番号は、いくつだとおっしゃいました?」
ライブキャスターをごそごそコートのポケットから引っ張り出して、インゴさんはアドレス帳の準備を始めている。え、登録すんの。
「あれーインゴさん呼んで下さるんですか、わたし高いですよお」
ぷすすすって笑って照れ隠ししたら、存外真剣な表情で見つめ返された。近い近い!インゴさん背が高いから、体を寄せるだけでも、とっても威圧感、圧迫感、すごい。
「おいくらでしょう?」
スッと左手を取り上げて微笑まれた。お、おいくらって。デリバリーなんて嘘っぱちなのに。本気で信じちゃってるのか、それともジョークに乗っかっているだけなのか今一よく分からない。「えっとー、まだ、決めてなくて……」あは。照れ笑いで乗り切ろうとして手を引っ込めかけたら、グイッて引き寄せられてインゴさんの胸に顔面ダイブする。いったぁ!
「では、あなたを向こう80年買いましょう。お値段はあとで教えてください」
「……アハハ」
「分割払いでもよろしいですか」
「アハ?」
「頭金として、ワタクシの給料三カ月分程度をまずお渡ししましょう……アクセサリーがいいですね。指輪とか」
契約破棄は、許さないですからね。ってインゴさんは穏やかに笑った。「う、うん……はい」頷いた額に口元を寄せるからキスされるのかと思って身をすくめた、そしたらオデコをゴリッて軽ーく、齧られた。「ギャー!」「仕返しです」この人根に持つタイプだ!恨みがましく見上げたら、色素の薄い目をしばたたかせて微笑む。思わず見とれていると「あ、ンッ」やけに色っぽい喘ぎ声を上げながら唇にかぷり、あむあむ。びっくりして固まっていると意地悪くニィと笑われる。
「ハニー、目覚めのカフェオレは毎朝ワタクシが用意してあげましょう」
それはそれは素敵だこと。期待しておく。