かたっと小さな音を立てて重厚な色合いの机に万年筆を置くと、どこか遠くの方から車のエンジンを吹かす音が聞こえてくる。夜の静かさの中、スタンドライトの暖色な灯りの下で文字を書きつけるのが僕は好きだ。ひとりきりの部屋は世界と切り離されたみたいで現実感が無く、いくらでも空想の世界に浸っていられる。


それで、きっとエメットは彼女と幸せに暮らすんだろうな。


濃い青色のインクが綴る物語の中では、僕の分身があからさまに陳腐な恋愛を繰り広げている。読み返してみたら彼女の名前がどこにもなくって、それに少し笑った。どうやら僕は少し後ろめたい気持ちもあるようだ。カチッ、スタンドライトを落とすと世界は真っ暗になってしまって、僕も夜に溶けてしまいそう。言葉を吐き出しきった脳みそはぼんやりして思考も上手く働かない。


ばっかみたいだ。


涙なんか出やしないけど、少しだけ虚しくて目を覆う。暗闇の中じゃ目を閉じても開けても見えるものは一緒で、何もない。


「……馬鹿みたい、だ」


背もたれに反って絞り出すと耳鳴りがするほどの静けさも少し和らいだ。僕、何してるんだろうなぁ。本棚に並んだノートには“エメット”のうすぺらい幸せなストーリーがたくさん詰められていて、しかし僕がそれをなぞれたことなど一度もない。行動に移さないくせ女々しく彼女を思い続け、ノートに吐き出して自分を満足させているだけだ。


「ナマエに会いたい……」


会った所でいつもと変わらない、ただ普段通り挨拶して、なんてことない同僚として少しお喋りするだけ。ノボリのお小言で縮こまる彼女を眺めながら人知れずぼうっとしたり、すれ違いざまの会釈に胸を高鳴らせたりするだけだ。きっと僕が戯れに「好きな人がいる」と告げたところで、彼女は笑って「え、そうなんですかー!誰?わたしの知ってる人ですか?」だなんて野次馬根性で問うだけに決まってる。容易に想像が出来る。屈託なく「応援しますよ!」だなんて言われたら僕は多分泣く。


机の隅に置いておいたライブキャスターを取り上げ手探りでボタンを押した。ロックを解除した待ち受けにはダブルトレインのホームと、小さくナマエが映り込んでいる。夜の寒さですっかり冷えた指先を彼女に押し当てるが当たり前に体温は無かった。会いたい。笑って欲しい。お喋りしたいし、出来れば見つめ合いたい。手を繋ぎたい。抱きしめたい。キスしたい。セックスしたい。もうナマエと結婚したい。はぁぁ、ナマエ僕のこと好きになってくれないかなぁ。ライブキャスターの灯りを頼りに開きっぱなしだったノートを手繰り寄せ、文の最後に青いインクで付け加える。『愛してるよ、ナマエ』


これが言えたら、どんなにか良いだろう。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -