エメットの私生活がどうなっているかなんて彼女が知るはずないので、勘違いするのも多少は仕方ない。それはエメットもそう思う。けれど、職場では誰よりも一番近くにいるんだから少しくらい自分が恋愛対象内であるんだという自覚も持って欲しい。後ろ姿を穴があくほど見つめても、彼女は振り返ったりしなかった。重苦しいため息が知らず口をついて出て、思っていたより自分が思い悩んでいることにエメットは内心頭を抱える。


(分かりやすく拗ねてくれたらいいんだ。そうしたら僕は君の前まで走っていって、思いっきり抱きしめてやるのに。)


まばらに客の散るホームで案内をしている彼女を遠目に見ながらエメットは思う。ぶすくれてこどもっぽく拗ねてくれたら、エメットだって愛されている実感のままに彼女に愛を囁けたろう。彼はバトル以外じゃとびきり臆病ものなので、博打はうてない性分なのだ。自分を好きか嫌いかわからない相手に弱みをさらけ出すなど、もってのほか。


(もしくは、いっそ怒鳴ってくれるとか)


エメットはモヤモヤする頭を緩く振った。


(怒鳴り散らして、ちょっと泣いて、エメットさんの好きな人って誰ですかだなんて悔しそうに絞り出してくれればいい。そしたら僕は嬉しいのをこらえてちょっと意地悪して、誰だと思う、なんて囁きながらキスしてやるのに)


苛々混じりに靴を軽く鳴らしてエメットは足早に、乗客の案内を終えた彼女のもとへ歩く。背中を向けて立っている彼女はエメットに気付かない。滑りだしたトレインが行ってしまい人気のないホームで、彼はぐいと彼女の肩を掴む。振りかえりエメットの顔を認めた途端、顔を一瞬ゆがめた彼女にぎょっとした。


「……何ですか?」
「あ……その」


衝動的に動いてしまったが何をしようと決めていたわけでもない。勢いがそがれるとどうにも言葉が出てこなくなって、エメットは口をつぐんでしまう。彼女はエメットの襟のあたりを眺めたまま、いつもより低い声でひんやりした笑いを無理矢理に滲ませて呟いた。


「エメットさんて、好きな人がいたんですね。知らなかったです、驚きました」
「いや、それは」
「だから、あまり」


私に勘違いさせるようなこと、しないで下さい。エメットさんの馬鹿。ぽつりと足元に視線を落として零すのにびっくりして目が開く。彼女はなんだか今にも泣きそうで、たいしてエメットはふつふつ今にも笑いだしそうな気持ちが抑えられない。


「……勘違い?」
「何でもありません、忘れてください」


口元をインゴのようにゆがめて踵を返しかけた彼女の腕を掴んで引きとめる。顔を見せないまま離してくださいと歩きだそうとするので後ろから抱きついて抑え込んだ。耳元に唇を寄せる。


「僕の好きな人の名前はね、」


ぽそっと呟く言葉を聞いて一気に弛緩した彼女の体を抱きとめてエメットはようやくクスクス笑い出す。恥ずかしそうに頬を染めたままもぞもぞ彼の腕の中で体をひねった彼女の頭を捕まえて、鼻先を寄せると幸せそうに笑った。キスをねだるように唇を尖らせる姿がどうにも愛らしくって、ここホームだよと思ってもいない小言を漏らしながら遠慮なくかぶりついた。




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