(え、何だ……)


目があったら会釈こそされるが顔を背けられるなんて初めてだったから、エメットはかつてないくらい動揺した。心臓が嫌なふうにドクドクと音を立てている。好きな人がいるのだとからかった――ではなくって、どちらかと言えばカマをかけるとか駆け引きするとか、そういった表現が正しいのかもしれない――だけで、そんなにあからさまに態度を翻されるとは思わなかった。ヘソを曲げたように背中を向けられるならまだしも、まるでエメットがそこいらを歩いている、彼女にとっての知らない人みたいに、まるきり気にかけてもらえないのは酷く心細い。


(昨日のは分かりやすい嫉妬だったけど、これは)


声をあげて名前を呼んだら、インゴに向けるような笑顔で彼女は足を止めた。それがいかにもエメットのことをその他大勢としてしか認識していない風だったから、自分のしたことを棚に上げて彼は心を濁らせる。


(何だよ、すねちゃって)


それが本当にすねているだけなのか、それとも彼女が既にエメットへの興味をなくしてしまっているのかは分からなかった。ただいつもならここいらでお茶にしましょうかと笑ってくれる彼女が、営業スマイルを貼りつけて突っ立っているだけなのは虚しい。ささくれだった気持ちを読み取って癒してくれるのが君じゃなかったのかとお門違いな八つ当たりを心の中でして、そんな自分にもまた腹が立つ。ご用は?と2歩離れたところから聞く彼女の前髪のあたりをぼんやり眺めながら、あぁもしかして自分はたいそう余計な事をしてしまったんだろうかとエメットは今更後悔した。名前も呼んでくれないなんて。




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