お元気でしょうか、とここに書いても仕方ないのですが、手紙と言えばこう始めるのが常套だと思ったのでこの言葉から綴りたいと思います。お元気でしょうか。わたくしは元気です。ここ最近はすべき事が山ほどあったので余計なことを考える暇もなかったのですが、人心地ついて思いを巡らすに浮かんでくるのはやはりあなたの事ばかりです。ことさらひとりで枕に頭をうずめている夜など、次から次へあなたの事ばかり考えてしまって胸が苦しいです。寂しいです。会いたいです。会いに来て欲しいです。またあなたを抱きしめたいです。朝も昼も夜もずっとあなたを捕まえたまま過ごしたいです。下らない話がしたいです。会いに来て下さい。
 あなたの好きだったルピナスの花が綺麗に咲いたので今度会いに行くときは一番美しいものをひとつ手折って行こうかとも思っていたのですが、きっとあなたはわざわざ花を折るなと言うでしょうから大人しく花屋でブーケを作ってもらうつもりです。




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 今日はあの子のスクールの入学式でした。通学鞄を抱えて危なげに歩くのでひやひやしました。手を繋いで学校へ向かおうとしたらもうそんな年じゃないとすげなくあしらわれてしまったのでショックです。反抗期かもしれません。でも帰路ではわたくしの人差し指と中指をしっかり握って歩いてくれたので、もしかしたら照れていただけでしょうか。あの子の手はまだまだ小さいので、わたくしの指を二本しか握れないのです。可愛いです。
 スクールで沢山勉強して、卒業したら将来はクダリのようにサブウェイマスターになりたいのだと、こっそり教えてくれました。『何故クダリなのです、そこは”お父さんみたいに”サブウェイマスターになりたいんだと言うところでしょう!』と嘆いたら、そうではなくてクダリのようにサブウェイマスターになってわたくしとマルチトレインに乗りたいのだそうです。可愛すぎて思わず涙が出そうでした。どこかの誰かもそういえば同じ事を言っていましたね、あなたはもう覚えていないでしょうけれど。
 クダリが融通をきかせてくれたので、日曜に休みが取れました。今日の休みの代わりに出勤しろと言われなくて良かったです。そういえばいつも花束をお願いしているお店の通りにもう一件フラワーショップが出来たのだと花屋の主人がやきもきしていましたが、見る限りあなたの気に入っていたあちらの方が素敵なお店の気がします。すっかりわたくしも常連です。またバラですかとからかわれますが、そのやりとりも慣れたものです。日曜に会いに行きますね。



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 大きくなったらサブウェイマスターになるのだと言っていたのはつい昨日の事のように思い出せるのに時が立つのは早いもので、あれはもうとっくに昔の出来事でしたね。結局幼いころの夢は忘れたのか諦めたのか、普通にOLとしての道を選んでいました。お父さんは少しだけ寂しいです。あの子の就職お祝いにペンを贈りました。いつだったかあなたがわたくしに贈ってくれたのと似ていますが、いくぶん女性的なデザインです。わたくしの愛用するこれを昔から羨ましがっていた子ですから、きっと気に入ってくれた事と思います。やはり趣味が似るのですね、感心してしまいました。
 独身の間くらい家にいて欲しかったのですが、住まいが見つかり次第ここを出ていくそうです。寂しいですがあなたに似て強情な子ですので、引き止めずに送り出してやるつもりです。いつまでも子供でいると思っていたのに、気付けば随分立派になったものです。あなたによく似ています。しかし目つきだけはわたくし譲りですね。何年見ても時々不思議な気持ちになります。
 あの子が出て行ってしまうとこの家は少し広すぎますが、引っ越す気はありません。
 また近いうちに会いに行きます。それでは。



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 懺悔したいのですが、今日思わずあの子の連れてきた男を殴り飛ばしそうになりました。とても良い青年です、きっとあの子を幸せにしてくれる事でしょう。しかしあの男があの子を連れて行ってしまうと思うと憎くて仕方がありません。きっとあなたのお父様もわたくしに対してこのような気持ちを抱いていたのであろうと思うと今更ながら冷や汗が出ます。
 別々に暮らしていたとはいえ今まではわたくしたちだけの子供でした。もうこれからは第一に彼の伴侶なのだなぁと思うと育てきった誇らしさやらいなくなってしまう寂しさやらでぐちゃぐちゃになりそうです。どうかわたくしを叱責して下さいまし。今のわたくしに必要なのは多分、あなたからの小言だと思います。会いに来てくれると約束したっきり、結局今まで来てくれたことはありませんね。なまえの事ですから、きっとそんな約束さっぱり忘れてしまっているのでしょう。あなたらしい。
 また次の日曜、会いに行きますね。細かい話はその時に。
 








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T



膝から滑り落ちた古い手紙が、床に滑ってかさりと乾いた音を立てた。開いた手紙のどれもこれも、古いものから新しいものまで全部が、母にあてた手紙だった。私の成長をつぶさに書き留め、母に語りかける手紙だった。夜泣きが酷くてかわいそうだとか、スクールの運動会で2等を取っていただとか、初めてのポケモンバトルで勇ましく戦っていただとか、今のお気に入りの本がどんなタイトルだとか、風邪をひいて寝込んだだとか、勉強をしないで遊んでばかりだとか、帰りが遅いと心配だとか、髪を切ったのは何か理由があるのだろうかとか、出て行ってしまってさみしいだとか。いたって普通のどうでもいい内容を、まるで日記か何かみたいに丁寧にしたためてあるのだ。古びて変色しぱさぱさになってしまっている封筒もあれば、まだ真っ白に新しい便箋もあった。母が亡くなってからずっと、綴っていたのだろうか。ことさら新品に見える封筒をそろりと開けてみると、孫が出来たと、文面からも滲むような嬉しさをたたえたものでじわじわ目頭が熱くなる。父が生きている間、母の話を聞いたことが無かった。クダリ伯父さんに尋ねたことはいくらでもあったが、多分私は怖かったのだと思う。もしかして父は母の事を、もう忘れてしまっているのではないかと思っていた。毎週のように花束を抱えて出ていく父は、あれはお墓に行っていたのだ。どうして疑っていたのだろう。部屋を埋めるほど愛していたのにな。ごめんね、お父さん。

キシッと階段を上ってくる音が聞こえた。私は慌てて封筒の山を少々乱雑に部屋へ押し込むと、元通りドアを閉じて鍵をかける。

「……どうかした?大丈夫?」
「うん、平気。ありがと、戻ろっか」

こんなに重ねたラブレターを、他人に知られては恥ずかしかろう。これを処分するのは私が任されてやる。ふと、父が生前時々口にしていた言葉を思い出した。自分が死んだその時に、何か見つけたら……。そうか、あれはこの事を言っていたのだ。何か見つけたら、どうか中は見ずに燃やして下さいと言っていたあれは。ごめんさないお父さん、読んじゃったよ。まさかこんなに膨大な量の愛を綴ってるとは思わなくて。
燃やせばいいんでしょう、オーケー任せて。全部丁寧にお焚き上げしてもらうよ。お母さんにまでばっちり届くようにね。



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U



「やっ。来ましたよ」
「……何ですかその格好」

何十年ぶりに会うなまえはオフホワイトの大きな翼を広げて微笑んでいた。当時のままの姿でいる彼女を柔らかい燐光が包んでいて、とても美しい。とても。

「はっはージョブチェンジってやつですよ、天使にね!宗教違うとか何とかあるらしいですけどーまぁグローバル化が進んでる今そんな些細なことは気にしない方向でー」
「そうですか……」

絞り出す声は震えていたと思う。へらへらあの時のままに笑う彼女が愛しい。もう生きてなどいないのに心臓のあたりが苦しかった。伸ばされた手をぎゅうと掴むと、嬉しそうに声を上げる。そんな些細なことすら幸せだった。気が狂ってしまいそうだ。抱き寄せると燐光がふわふわ散って綺麗だったけれど、そんなことよりなまえが大事で、もう生物として機能していはずの肺にめいっぱい息を吸い込む。柔らかであたたかい香りがした。少しだけ、彼女が好きだった古い本のような匂いもくゆった気がする。

「来るのが遅いんですよ……!」
「……いやいや。これでもだいぶフライングした方だと思いますよ、ノボリさんたら体いじめすぎなんですからもう……」

困り呆れたようにくすくす笑って、なまえが背中を撫でてくれるのがわかった。くしゃっと髪をかき混ぜるしぐさもあの頃と全然変わっていない。

「うふふ、ノボリさんもわたしといた時が一番幸せだったんですか?結婚した時の姿になってる、嬉しいけどちょっと複雑ですねぇ」
「……おっしゃる意味が良く分かりませんが」
「一番幸せだった時の姿で過ごせるので、ここは」

こちらの肩口に頭を預けたまま、なまえは囁くように話す。照れくさいやら、返す言葉が見つからなくて黙ったまま彼女の髪を撫でていた。

「あ、ねぇ。ほらほら見て下さい、この翼はノボリさんが着けてくれたんですよ」
「……え?」

不意になまえが身をよじって悪戯っぽく笑った。

「ふふん、これホントの羽じゃないんです、なーんだ?」
「え、これ」
「良いでしょ、かっこいいでしょう。ぜーんぶノボリさんからのお手紙です!」
「捨てなさい!」
やーなこったー!ばさり、彼女が紙の翼をはためかせる度にきらきらの燐光が舞い上がって綺麗だ。綺麗だ、けれども、それが己のしたためた手紙の集合だと思うと羞恥心が先行して素直に鑑賞も出来そうにない。抜けてひらひら風に乗る手紙のひとつを捕まえ、なまえは丁寧にそれを開く。「ちょ、読まないで下さいよ!」「何でですか、これわたし宛でしょー?」「それとこれとは……!」文面に目を走らせること数瞬、「っもぉぉノボリさんどんだけわたしのこと好きなんですか!やだー恥ずかしい!」ニヤけながら顔を覆って翼をたたむもんだから、これ幸いともう一度捕まえ直して叫んでやった。

「死ぬほど好きですし、死んでもずっと好きですよ!」


知ってますよ、ずっと見てましたよ。だから来たんですよ、と嬉しそうにはにかんだなまえをぎゅうと抱きしめる。



そんな夢を見た。






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っていう没で、ノボリさんが没


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