素直で従順になる××!



『それはねーあのねー、モンスターボールの心身親和性とジムバッジの添加忠誠性を応用した首輪でねー、あのねー』

なんてことだ、つまり洗脳じゃないか!


やたらと軽い段ボールが、僕宛に届いたのは先週の金曜のことだった。差し出し人はエメットで、ギアステーションウノヴァ支部よりギアステーションイッシュ支部へ。僕個人にあてられた荷物ということで多少疑問も浮かんだのだが、よく考えるとエメットがオチュウゲンと称し食べものなんかを送ってくるのは時々あることなので警戒もすぐに解けた。小さく軽く、振ってみるとがさごそ音のするそれを開いてみると赤くてちゃちな首輪が出てきて、何の冗談なのだろうと本気で意味がわからなかったので彼に電話をかけたのである。荷物を受け取ったことの連絡も兼ねて。

『大人向けの景品にどうかなーって思ってー、試作品作ってもらったんだけどねー、どう?どうかなー』
「どうかなって……意味がわからないんだけど。つまりどういうことなの?洗脳グッズなの?ポケモン用?」
『ちーがうよー!人間用!ウーン要するに、あれだよー。素直で従順になるグッズ!みたいなー』
「……ハァ?」

ごめんね今からミーティングなの!って一方的にぶちっと切られた回線に一瞬呆然として、それから手に握りしめたままの首輪を見つめた。人間用?いやいや。何だっけ、心身親和?何それ、聞いたこともないんだけど。「ぶへぇー!あー重かったー。あ、クダリさん何ですかそれ?新しいBP景品ですか?」ヒョコヒョコ近寄って来たなまえに、だから僕が何の気なしにそれをひょいと着けてしまったのも悪気があったわけじゃなかった。ちょっとからかってやって、それで写メでも撮ってやろうかってくらいの。

「あー……何かね、エメットが送ってきて」
「へぇー。何の道具なんですか?どんな効果が……バトル用グッズ?それとも育成用ですか?」
「えーと、強いて言えば育成用かな……ちょっと、なまえ頭出して」
「はい?え、わたしが付けるんですか!?」
「着け心地をチェックしないとでしょ、ポケモンに負担になったら駄目だし」
「ご自分でなさったらいかがでしょうね……!?はいはい、どうぞ着けて下さい首輪でもバンドでも」

カチリと止め具がはまる音と同時にスッとなまえの瞳が剣呑な色を宿したのも、多分ポケモン扱いが嫌だったからだろうと、そう思っていた。



***





「ボス、内線2番にお電話です!」
「あーうん、ありがとう……」

受話器を取りながら完璧にブラインドタッチしてのけるなまえに若干引きつつも、言われたとおり2番をプッシュし回線をつなぐ。車内広告のオーナーからの挨拶電話だったため適当に切り上げて通話終了した。なまえは未だかつてない速さでキーボードを叩き続けている。「ボス?どうかなさいましたか」「う、ううん?」「そうですか、失礼致しました……ご用事がおありでしたら申しつけて下さい!」「うん、ありがと」カタッとエンターキーを押しつつ僕に向かって完璧な角度で会釈する。……誰この子!


彼女の首には僕の取りつけてしまった赤い首輪がカッチリとはまっていて、緑色の制服とは微妙にミスマッチだ。ごつごつしたそれを装着したままお客さんの前に出すのは気がひけたので、今日は内部の事務にあたるよう言いつけている。いつもだったら平気で書類嫌ですだとか言いそうななまえは、何ひとつ不平をこぼさずそれに承諾した。

「なまえ……あの、もうすぐお昼だけどね、ごはんとか一緒に行く?」
「ありがとうございます。でもすみません、ボスのお言いつけの仕事をやってしまいたいので!」

そう言ってさっと取り出したのはゼリー飲料だった。いつもなら僕が食事に誘えばホイホイついてくるクセして、パソコンに齧りつきながらゼリーをすすっている。決算前のノボリみたいだ。怖い。かくいうノボリはこの状態のなまえについて、「結構なことじゃないですか」とどうでもよさげに受け止めているようだ。仕事熱心なのは歓迎らしい。でも何故かノボリの指示をなまえは聞かないので、結局彼女のことは僕が動かしているのだけれど。

「そっか、じゃあ僕も何か買ってきてここで食べようかな……」
「私に気を使っていただかなくても結構です、ボス!どうぞ、お店で召しあがってきて下さい」

ぴりっとしたその空気は別に怒ってるとかじゃなくて、ただ純粋に真剣なだけだった。だから余計にモヤモヤした。





***



あんな首輪外しちゃえばいいじゃんって思った、もちろん。でもそうしようとするとなまえは泣くのだ。僕が首輪に手をかけただけで、それまでは従順に(見ようによっては期待したヨーテリーのような目で)僕の言葉を待っていたなまえが、めそめそ親に捨てられたポケモンみたいに泣きだしてしまう。嫌がって泣きながら爪を立ててくるので、自他ともに認めるフェミニストの僕はつい手を緩めてしまうのだった。「そんなもの女性に着けさせて喜んでいる男がフェミニストですかプププ」ってノボリには言われたけど。

「何なんでしょうね、あれ」
「エメットに聞いてよ」
「電話繋がらないんですよ」
「じゃあ知らない」

夕食後のお茶をすすりながらノボリの顔を眺めたら不機嫌そうに眉をひそめられた。「わたくしの言うことは聞かないのですよ、なまえ……」「ごめんってば」「仕事はしているので別にいいのですが」「だからごめんってば」片眉を持ち上げて目を細めるしぐさをするのはノボリが怒ってる時のクセである。

「エメットは何て言ってたんです。その、この間の電話では」
「えー……モンスターボールの何かとジムバッジの何かを応用した首輪とか何とか」
「はぁ?」
「ジョークグッズだと思うじゃんか……何あれ。怖いよあのなまえ……」
「あなたのせいでしょう」
「素直で従順になるっていうからさぁー。大人の、」
「大人?」
「……あれ……えっと」

そう言えばエメットは、あれを大人向けの景品だって言ってたな。もしかして、そういうことだったのだろうか。いやまさか。



***




「ボス!お呼びでしょうか!」
「あぁ、うん……そこ、座って」

ピシッと背筋を伸ばしたなまえが、ほこりっぽい倉庫の床に迷うことなく正座した。僕はそこの椅子に座ってくれという意味で指示を出したのだけれど。

「ええと、あのね」
「はい!」

僕がここで服脱げって言ったら流石に拒否するのかなぁとか一瞬考えたけどそんなこと命令出来るはずもないので「……棚の整理してくれる?」とだけ伝えた。彼女は威勢よくハイと答えて、ぴっと立ちあがり手近な段ボールに早速手をかける。僕はそれをパイプ椅子に座ったまましばらく見ていたが、女の子にだけ力仕事させるのはまずいだろうと思いなおして腕をまくる。

「重いのは僕がやるから」
「いいえ、ボスは戻っていて下さい!埃がついてしまいます」
「いや、僕もやる」
「このような仕事はしたっぱに任せていて下さい、ボス!」

ぐいぐいと背中を押して倉庫から追い出されたかと思うと、ぴしゃってドアを閉められた。開けようとしたら中から鍵まで掛けられた。直後にトレイン呼び出しの連絡が入ったので仕方なしにホームへ向かったが、バトルを終えて執務室へ戻ったら埃をひとつ頭にくっつけたままのなまえがかたかたキーボードを叩いていたので多分ひとりで出来たんだろうな。




***



『えー?おかしいなーそんな風になるかなー』

やっと繋がったエメットとの電話だったが有力な解決策は見つからなかったと思う。要領を得ない。

「へんだなー従順になってハッピーになる感じなんだけどなー」
「うちの部下が軍人みたいになってるんだけど」
「おかしいなーボクが使った時はけっこーイイ感じだったのにー」
「誰に使ったの?それ、その時は」
「んーインゴ」
「は?」
「男と女じゃちょっと違うのかもねー」
「ちょっと待って、これ何だっけ?」
「素直で従順になるくびわ」
「……それインゴに使っちゃったの?」
「うん?うん!」

あっけらかんと電話口で笑うエメットに少し頭が痛くなった。何やってんだろうこいつ。しかし気になることがひとつ。

「……これアダルトグッズ?」
「えー?あはは」

そうなの!?アダルトグッズを、こいつ自分の兄弟に使ったの!?ちょっと混乱しすぎて足元がぐるぐるする、やばい。

「いやいやいや、え?あの、え?」
「うそうそ、大丈夫だってアダルトグッズじゃないよーちょっと暗示かけるだけのグッズだよー」
「この野郎!」

あはあは笑うエメットに軽く殺意を覚えた。「まぁ明日そっち行くよー、その時なまえもみるからね」「……明日?」「あれ?僕ら今イッシュにいるよ、ノボリから聞いてないの?」聞いてない!



***



「こんにちはインゴさま、エメットさま。本日は遠いところからご足労いただきまして」
「おや……」
「……ほんとだー。なまえこんなんじゃなかった、前は」

エメットがヒョイと伸ばした指はなまえの首のわっかに辿りつく前に、凍りついたみたいに止まった。なまえがまるで親の敵のような目で睨みつけたからである。「……あれー……?」居心地悪げに苦笑いしたエメットから離れるように、彼女は僕の後ろへツツッと隠れる。「あれ、えー?」「こうなるんだよ……」僕がそろっと彼女の首に手をかけると、抵抗はしないものの今度は無言でぼたぼた涙を流し出した。

「泣いてしまいましたよ、かわいそうに」
「泣いちゃったー。何で……?」
「外そうとすると泣くようなのです」
「うん、どうすればいいのこれ」
「うーん……押さえつけて無理矢理取っちゃえばー?」

ぐっとなまえの右手を掴んでエメットが彼女の首に手をまわそうとした、ら、一瞬の躊躇もなくなまえの膝がエメットの股間に炸裂した。無言で沈む彼から僕らは目をそらし口元を覆う。悲鳴が出ないようにね。




***


さてどうしようか、彼女は僕の前にコトリと湯呑みを置いて自分のデスクに戻る。無表情なのがどうもいけない、なまえがそういう顔をしているのは何だか似合わない。

「……なまえ、笑ってよ」
「……、はい!」

にっこり完璧に笑ってみせた彼女の笑顔は点数で言うと100点満点だった。そうじゃなくてさぁ!

「だぁぁ!もう!何なの、君ってそんなキャラじゃないじゃん!僕一週間もなまえに会ってない!」
「そ、」
「うるさい!……うるさい、喋んないで」
「……」

言うとおりに口をつぐむなまえもむかつく。ここで反論しないなんてなまえじゃないじゃん。勝手なこと言ってるのは僕なのに泣きもしない。



***




素直従順の没放棄

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