インターフォンが鳴ったのでドアスコープで確認したら、鼻先と目元を真っ赤にしたしかめっ面でノボリさんが玄関前に突っ立っているのが見えた。「いるんでしょう。あけ…………、あげで、ぐだざっ」ひぐぅっ、喉の詰まる音が大きく響いたから慌ててドアを開く。目の上に手のひらをあてて歯を食いしばっている大男なんて、ご近所さんに見られたら通報されちゃう。でもなぁやだなぁ、今日ばっかりはノボリさんでも来てほしくなかったなぁ。だってわたしの目もノボリさんに負けず劣らず真っ赤になっているはずなのだ。手に握りしめていたハンドタオルは涙とか鼻水とか涎とかなんかそういうばっちいものでぐっしょぐしょになってるし、みっともない。でもこんな状態のノボリさんを追い返すのも忍びない。お邪魔しますも言わないまま玄関を入ったノボリさんにすぐがっしりしがみつかれる。耳元でぐしゅぐしゅ鼻をすする音がした。きったねぇ。でもわたしもそんなこと言ってられなかった。ノボリさんがしがみついてわぁわぁ泣くもんだから、誘われてこっちの涙腺も緩んでしまう。彼の上品な黒いよそゆきコートを握りしめて、わたしもわぁわぁ声をあげて泣いた。べっしょりハンドタオルはその辺にぽいっと投げておいた、必死で泣くには邪魔だから。


「う゛ぁ゛ぁ゛ぅ、ううー、うっ………うっうっうっ」
「うー、うわぁぁぁんわ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん!う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
「うう、うっ、うぅ……クダリのッ、馬鹿……う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛」
「かっかっカミツレさんのっばかぁぁぁ……ぁぁあぁう、うぅぅー」


怪我したポケモンが唸ってるみたいな可愛げの欠片もない声で泣いて泣いて、どれだけ泣いても涙が枯れる気がしなかった。何でかなぁ、今まで恋してフられて、どのことの別れの時もそれなりに泣いたけど、こんなにどうしようもなく泣きわめいたことなんかなかったのに。相手がカミツレさんだったからかな、それとも今日は普段なら慰めてくれるはずのノボリさんまで一緒になって泣いているからだろうか。彼が腕に力を込める分だけ押し出されるように涙があとからあとから出てきて、息が詰まるくらい強い力だけど失恋した心の方が潰れるように苦しいもんだから、もっともっとぺっちゃんこになるくらい抱き寄せて欲しかった。大好きだった女の子の胸じゃあないけど、誰かに温かい温度で抱きしめて欲しかった。多分ノボリさんも同じだと思うから、肋骨が折れちゃうんじゃないかって心配するくらいに彼を抱きしめる。


「ぐ、ふ、し、幸せにならないと、幸せにならないと承知しませんからぁっ」
「ぞうでずっ、クダリさんもカミツレさんもっ、幸せにならないと恨むんですからっ」
「う゛ぁ゛ぅ゛ぅ゛、世界中のっ誰よりもっ、絶対幸せにならなきゃ怒りますからっ」
「うぅぅ、ぐっぅぅ、あ゛ぁぁん、不幸になったら、呪ってやるっぅ゛っ」


わたしたちじゃあげられない、あたりまえで素敵なものがいっぱいに詰まった未来を、輝かしい未来を、あのふたりは歩いてゆけるのだと思う。それは間違いなく幸福に満ち溢れてるはずで(じゃなかったら怒る)、好きな人の幸せだけを願って生きられる無垢な人間ならば、祝福してあげられるはずなのだ。そうあるべきなのだ。でもわたしたちはそんな善人になんかなれっこないから、呪いの言葉とお祝いの言葉をまぜこぜにして叫ぶのだ。わぁわぁ。泣きすぎて頭もガンガンしてきたけど、段々涙も枯れてきたけど、絞り出すみたいに喚いた。この生温かい水と一緒に、恋心も全部出てっちゃえばいいのに。



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