「ね、ねぇねぇノボリ、さんっ」


少し赤い顔したナマエがコートの裾をくいくい引っ張る。恋愛相談したい時の、ナマエのいつものクセである。内緒話をするには少し人が多いので、ピンク色の頬になっている彼女の手を引いて、埃っぽい倉庫に移動することにした。自分たちがこっそり話をする時は、いつもここを使っているのだ。ふふふ、赤い顔をして、今度はどんな方に恋をしたのでしょう。ちょうどいい、わたくしも聞いて欲しい悩み事があるのです。ひとりで抱えるには少し重たいから、ここらでナマエと秘密を共有したいと考えていたところ。錆びついた音を立てるドアを閉め切り、うっすらカビ臭い部屋の隅でパイプ椅子にふたりして腰掛ける。


「当てて差し上げます、新しく好きな人が出来たのでしょう」
「……へへへー、あたりです」
「早いですね、この間フられてまだ何日ですか?」
「いっ、いいじゃないですか別に」
「ええ、別に構わないと思いますよ。わたくしも新しく出来たところですし。あとでわたくしの方のも聞いて下さいね」
「え、早!」
「同じですよ、同じ」


で?どんな方ですか新しい方は?問うてみれば、ぎぃっと古びた椅子を鳴かせてナマエが身を乗り出す。なのにうろうろと落ち着きなくさまよわせる目は、あぁ、恋する人間の目だ。自分と同じ。「あのー、ですね」眉をへなっと下げて自信なさげな顔になった。「相手が、その……」「……誰ですか?」「ううー、あの……」「何です、秘密だなんて言いっこなしですよ」「わ、わかってます!」決心したように目を見開いて、唇を動かした。蚊の鳴くような声でカミツレさん……とだけ言って、そこでとうとう恥ずかしさが頂点に達したのかきゃあと顔を覆い隠してしまう。


「か、カミツレ!?彼女はノンケですよ!?」
「わかってますわかってますわかってますけどぉー!」
「おまけに彼女モデルですよ!?有名人ですよ!?」
「わかってますったら!」


わかってるもん、そんなこと。顔を両の手のひらで覆ったまま泣きそうな声で呟く。「わかってます。ただでさえ手が届かないのに、わたしの場合、二重苦だし」消えそうな声で絞り出した音に、こちらの胸が締め付けられるようだった。ぎゅうと引き結んだ唇が、力の入れ過ぎなのか細かく震えている。背中を丸めてうつむいた彼女の頭に手をやり2、3ゆっくりと撫でて、「分かりますよ、わたくしから見たって彼女は素敵な方です。あなたが好きになったのも納得できます。良い方を好きになりましたね」そう言ったら、手のひら越しにコクコク微かに頷いているのがわかった。


「す、素敵な人ですもん、カミツレさん。好きになっちゃいますもん」


ナマエが長く苦しまないようにここでかけるべき言葉も分かっていた。だから、諦めてしまって新しい女性を探しなさいと言ってしまえばいい。そうしたらきっと彼女はカミツレに惹かれつつも、わたくしの言うとおり他の女性を好きになる努力をするだろう。きっとそうしたら叶わなかった恋に泣く未来も引き寄せなくて済むのだろう。けれど、涙を拭い意思の強い目をして拳を握るナマエには、到底そんなこと言えなかった。諦めろだなんて、後ろ向きな言葉は似合わないと思った。


「……好きなら、好きでいいのでは?あなたの好きなカミツレは、あなたが女性だからという理由であなたを拒んだりするのですか?」
「で、でもカミツレさんは普通の、」
「別に……恋人同士になれなかったとしても。好きなら近づきたいと思いませんか?思わないですか?」
「お、思います!」


がばっと体を勢いよく起こしたせいでぎぃと耳障りな音を立ててパイプが鳴く。「カミツレさんと仲良くなりたいです!」しかし蛍光灯のあかりを受けて目をきらきらさせるナマエにはそんな音などどうでもいいもののようだった。


「あ、そういえばノボリさんの次の好きな人って誰ですか?わたしも知ってる人?」
「…………」
「ノボリさん?」
「…………クダリ」
「…………」
「…………何とか言って下さいよ」
「…………えぇー!?」
「あぁぁぁぁもう!分かってますよ言いたい事は!」
「ノボリさっ……く、クダリさんはあなたの双子の兄弟ですけど!?」
「そんなこと知ってますよ!生まれた時から知ってます!」


さっきまでカミツレさんカミツレさん、バイだったりしないかなぁしないよなぁとじめっぽい空気を引きずっていたが、完全にネガティブはふっきれたらしい。「……ノボリさんよりはわたしの方が可能性あるかも……」ちょっと聞こえてますよその呟き!落ち込むのでやめてくださいまし!


「が、頑張りましょうね……!ふたりで!」


がっし!握られた両手の力強さに、思わずこっくりとうなずいてしまった。熱い手のひらからじわじわ何か安心感にも似たものが伝わってきている気がする。不毛な恋を抱えても、彼女が一緒ならひしゃげずに立っていられる気がした。




「ところでいつカミツレを好きに?」
「この間、ノボリさんにいい加減にしなさいよって、ビシィって言ったとこがかっこよくて……」
「何ですかソレ」
「ノボリさんは?」
「この間のあの……フられた夜にまた泣いていたら、ココアをいれてくれたので、そしたらなんだか……」
「何ですかソレ」


きっかけなんてそんなもんですよね。



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