わたしの名前はナマエ。彼の所有物です。彼が幼いころから一緒に過ごしてきました。わたしが彼の元に来たのは、彼がちょうど5歳の時のこと。彼と彼の兄弟がご家族に連れられて立ち寄ったおもちゃ屋さんで、偶然に目をとめていただけたのが始まりです。その日からわたしは一日も欠けることなく(というのは言いすぎです、流石に彼が大人となってからは仕事で多少家を空けることもありましたから)彼と一緒に日々を過ごしています。幼いころはわたしがはなしかける言葉もわたしが伸ばした手のひらも、聞こえて、見えて、いたはずなのに…時間の流れは残酷ですね、彼が大人になったら、わたしのことばは何一つ届かなくなりました。それでも未だ大切に大切にあつかてくれる彼が、わたしはとても好きです。これほど愛された人形が他にいるでしょうか。一緒になって庭の木陰でおやつのきのみを齧った秋の日も、海の岩場でかくれんぼした夏の日も、小さなブーケを嬉しそうに渡してくれた春の日も、そしてふたり毛布に潜って内緒話をしながら眠った冬の日も、全部鮮やかな思い出です。成長に従い段々とわたしの声が聞こえなくなっていくのに彼はとても焦ったようでしたが、仕方ないのです、人とは育つものですから。もうわたしはあなたとお話することも出来ないけど、外へ遊びに行くこともなくなってしまったけれど、触れて、笑いかけて、愛して貰えるだけで十分に幸せです。


「っふ、……ぁ、あぁ……っく、ぅ、……ナマエ、ナマエ……ッ、ナマエ、ナマエ…」


くちゅくちゅ鳴る水音と彼の苦しそうな泣き声がくらい部屋に響く。カーテンを通して部屋に入る外からのぼんやりした明りで、彼の顔がやっと見えるくらい。


「ナマエッナマエ、ナマエ……っは、ナマエ………」


泣かないで、泣かないで下さい。わたしの為に泣かないで下さい。わたしはあなたに笑っていて欲しかった。ぽろぽろ落っこちる涙が薄明かりにきらめいてとても綺麗だけれど、あなたの微笑む顔の方がよっぽど好きなんです。


「ナマエ、ナマエ、…どう、して……っぁ、置いて、いくのです、…………どうして、……何故答えてくれな、は、ぁっ、…ぁ、ぁ、どうして、どうして……」


苦しい苦しい声、上擦った悲鳴みたいな嗚咽、わたしもあなたとお話できないのがとても辛いです。こんな人形のことなんか忘れて、そして大事な人を作って欲しい。わたしじゃもうあなたを幸せにできない、手を握ることもお喋りすることもできない。初恋を引きずってしまっているのね。でももう忘れてください。そんな苦しそうに泣くくらいなら、わたしの事は捨ててしまって、体温のある女の人と恋をしてください。


「あ、ナマエッ……!」



顔をゆがめてびくびくと体を震わせたあと、ぜーはー上がった息と赤く染まった頬のまま、彼はわたしにその綺麗な顔を気だるげに擦り寄せてキスした。柔らかくもないだろうに、彼はちゅっちゅっと小さくリップノイズを響かせてわたしにめいっぱい愛を送るのだ。いつかまたわたしの声が聞こえるようになると信じているのか、それはわたしにはわからない。彼がいつまでわたしに縛られたまま生きてゆくのかもわからない。はやく楽になって欲しい。


けれどわたしは、やっぱり彼が好きだから、おはようのキスをされて優しい指で頭を撫でられると、嬉しくなってこの人から離れたくなくなってしまうのだ。あーぁ、悲しいなぁ。わたしがあなたみたいな人間の、女の子だったらよかったのにな。



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