こつこつ、ゆらゆら、こんにちは






先日、お客様のひとりに、飴玉とお花を頂いたのです。こっそりと自分へ贈られたそれがとても嬉しくて、穴があくほどうっとり見てから、わたくしそれをポケットに入れたのでした。あぁもちろんお花の方はポケットにぞんざいに突っ込むなど致しません、小さなブーケから引き抜いた一本をいつでも持ち歩いている時刻表のまんなかのページに、丁寧に挟んでおきました。残りはコートの胸ポケットに、そっと飾らせて頂きました。わたくし押し花など初めてな物ですから、うまくいくかどうか心配ではございます。話を戻しますと、そう、それで、数歩離れた壁際で泣いている女の子へ差し出したのでございます。そのとき頂いたキャンディーを。贈り物は大変嬉しかったのですが、わたくしあいにくとこういったものは食べることができないので。差し出したキャンディをぽとりとちいさな女の子の広げられたてのひらへ落っことして、お食べなさいと声をかけました。泣いている子供を静かにさせるのは食べもので釣るのが一番だと聞いたのはさていつのことでしたか、今となっては思い出すことも出来ません。ぐすぐすと鼻をすすりながらありがとうと小さく呟き、ぺりぺり包みを剥いて飴玉を口に押し込んだ少女を確認します。「迷ったのですね。ここは複雑に入り組んでいるから……。ついていらっしゃい、案内して差し上げます。こっちです、こっち」少女がついてきているか振り向き振り向き確認しながら、見失ったりされないようにゆっくり歩いてゆきました。ぱこぱことゴムの靴底が石の床を叩く音がします。「こっちですよ、こっち。もう少しでつきますからね」からころと口の中で飴を転がしている女の子はわたくしを見上げながら、少し後ろをついて来ます。「ほら、ここまで来たらわかりますか?どうでしょう」「ん、えっと」「お母さんは見つかりそうですか?」「ん………あ、ママ!」ばたばたと少女は、曲がり角を飛び出して向こうへ走って行ってしまいました。「どこ行ってたの、探してっ……ぁ、よかった…!」「あのね、お兄ちゃんがね、…あ、ありがとうって言わなくちゃ」ぼんやり聞こえるそんな会話を背にして、わたくしはまた暗がりへ足を向けました。迷子の保護はもう済んだので、わたくしの役割は終わったのです。うろうろすることもなしに歩きまわっていると、誰かの大事なものであろう、とても綺麗なブローチを拾いました。拾得物とあらば届けないわけにはいきません。気は進まないながら、改札口へ持っていくことにしました。あそこはとても明るいので、あまり好きではないのです。するすると人ごみを抜けて、あわただしい改札口へ辿りつきました。受付けも今は利用者の誘導へ回っている様子、こっそりと拾得物入れへそのブローチを置いてまいりました。誰かしらは気付くでしょう。あぁ明るいところは嫌です。母親に抱かれた、小さな男の子とすれ違いました。きゃっきゃと笑ってこちらへ手を振るので、わたくしもつい頬を緩めて手を振り返しました。母親は男の子の視線を追ってこちらを向いて、しかし不思議そうに首をかしげました。構いません。しかたありません。そういえば先月の事でしたか、この駅に悪霊が出るなどと言って、心霊特番のロケ隊がやってきたことがありました。まぁ失礼なことを言う、客の入りが減ったらどうするのだと思いましたが、多少興味もありましたので間近で撮影を見せて頂きました。しかしながら残念なことに、霊能者と紹介された男性もインチキそのもの。誰もいない空間に向かってお経を唱えたり大声を上げたり塩をぶちまけたり、どうかしております。アイドルだという女性は取り憑かれたようなヘタな演技で泣き叫びますし、まったく。酷い話でございます。わたくし興ざめでございました。本当に死者と話せる方がいらっしゃったのなら、話してみたいこともございましたのに。思い出したらなんだか悲しくなってまいりました。ただでさえ最近は利用者さまが減っているのですよ。かつんかつんとコンクリートの壁にわたくしの足音が小さく響きます。おや。ホームの端に、あれはミックスオレでしょうか、ジュースの缶が落ちております。ポイ捨てではなさそうです、だってその横に綺麗なお花が一輪、一緒になって置かれておりました。缶の中身もしっかり入っておりますし、ということはわたくしへの物ですか。時々こういう風に、わたくしに贈り物をして下さる方々がいるのです。えぇ、えぇ。ありがたいことです、でもわたくし花を頂くよりも話しかけて下さった方が嬉しいです、本当は。冷たい缶を拾い上げて、一時誰かからの優しさを手のひらで味わった後に、わたくしはそれをポケットへ滑り込ませました。誰かまた迷子がいたら、その時はこれをあげましょうか。頂いたものを渡すのは心苦しいですが、わたくしが持っていても仕方がない。綺麗な赤い花をシャツのポケットへ丁寧に飾って、わたくしはまたふらふらとどこへ行くとも決めずに歩き出しました。くゆる花の香りに顔がほころびます。おや、おや。あれはナマエではありませんか、こんなところまでどうしたのか。この先の倉庫へ行くのだとしたら、あぁ、あそこへしまってあるのは重たいものばかりです、そんなものを女性の細腕で運べるものでしょうか。無理でしょう、誰か男性に手伝ってもらうべきなのです。全く馬鹿ですね。手伝って差し上げましょうか、どこぞまで届けるのは無理だとしても、ひっぱりだすくらいならわたくしにだって出来るでしょう。そわそわとナマエの後ろをついてゆきます。ナマエ、ナマエ気付きませんかね、気付いて頂けませんかね、少しくらいお喋りだとか、できたら、素敵なんですけど。わざとらしく靴音を立ててみました。こつん、こつん。ナマエはびくりと肩を震わせて立ち止まると、ばっとこちらを振り向きました。じっと見つめて反応をうかがいましたが、ナマエの視線はわたくしを通り過ぎた通路の向こうを眺めて、それでおしまいでした。「……気のせい、だよね……」こつこつ、またナマエが歩き出すのでそれに従ってわたくしもこつこつと歩きだします。こつこつ、こつこつ。反響するふたり分の足音が、何だか嬉しいです。ぴたり、ナマエの足がまた止まりました。ゆっくりと振り向きます。


「だ、だれか、いるんですか……?」


太陽の下とは違って薄暗がりの中ならば、わたくしの姿はよく見えるはずなのです。ナマエの視線はまたもわたくしを通り抜けて、どこか遠くの方を見つめていました。はぁ、あなたはわたくしを見ることができないのですね、寂しいです。少しばかり、話し相手が欲しい。彼女の横を通り抜けたとき、スンとナマエが息を吸い込む音が微かに聞こえました。頂いた花の香りですが、姿が見えないのならせめてこれだけでも彼女に届いていて欲しいと思います。ポケットから時刻表を取り出すと、少しいびつに押された花がかさりと落ちました。未だわたくしでないどこかをびくびく凝視しているナマエがにくらしかったので、彼女のポケットへそっとそれを滑り込ませておきました。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -