おこめたべろ




朝九時にセットした目覚まし時計よりも10分くらいはやく目を覚ました。とんとんとん、包丁が控えめにまな板を叩く音が聞こえる。たぶん寝ぐせがついてぼさぼさになっているであろう髪の毛を申し訳程度に撫でつけ、布団を蹴って起きあがった。自分以外の、おまけに家族でもない誰かが家にいるというのはなんだかとても不思議な気持ちだ。


「おはー、よー……あれ?」


わたしのあいさつに反応してこちらを向いた彼は、渡したスウェットではなく黒のスラックスと、全体的にちょっとだけくしゃりとしているワイシャツを身に着けていた。わたしこんな服貸してないぞ誰のだコレと一瞬首を傾げたけれど、そう言えばこの組み合わせは彼と初めて会った時のものであった。ワイシャツがくしゃっとしているのはアイロンのしまってある場所が分からなかったからだろう。もしくはまた遠慮しやがったか。いやでも昨日遠慮したら怒るよって言ったから多分もうそんなに遠慮しすぎるってことは無いと思うけど、ていうかあれ、遠慮すんなとは言ったけど別に遠慮したら怒るよとは言ってないっけ。まぁそれはいいや、今はそんな細かい事を考える必要なんて無いのである。


「おはようございますなまえさま!」
「おみそしる作ってるの?」
「はい、お豆腐とわかめのお味噌汁でございますよ」


にこーって笑って「すぐ朝食にいたしましょうね」と彼はお味噌を汁の中で溶きながら言った。ガスコンロの下につけられているグリルからぱちぱちと微かにはぜる音が聞こえてくる。「お魚も焼いておりますからね」そのうちムニエルにでもしようと思って買っていたしゃけの切り身はどうやら本日の朝食になったようだ。一人暮らしだと面倒くさくなっちゃってグリルとか使わないんだよね。もっぱら食材はフライパンで焼いたり鍋に突っ込んで煮たり、そんなもんだ。久しく焼き魚なんて食べてなかったから、ちょっと嬉しかった。てきぱき動く彼を見ながら食事の支度を手伝おうと思って食器棚に手をかけたら、まずはパジャマを着替えて顔を洗っていらっしゃいまし!って笑みの滲んだ声音のまま、ワイシャツの袖をまくったなまっちろい手で髪をぐしゃぐしゃされた。せ、せっかく手伝おうと思ったのによぅ。言われるまま普段着に着替えてからよっぽど酷い寝ぐせでもついているのかと思って洗面所の鏡を覗き込んでみたら、髪の毛がぐっしゃぐしゃだった。…いやこれは寝ぐせじゃないもんね、さっきあの人がぐしゃってやってのが原因だ絶対そうだ、うん。ぼさぼさになっている髪の毛をまとめてふと考えた。あぁ、ちょっとは遠慮のなくなったってことかなぁ、昨日までだったらわたしの髪をぐっしゃぐしゃにするなんてあの人じゃ考えられない行動だったろうからなぁ。ばしゃばしゃ水を跳ねつつ顔を洗って居間に戻ったら、もうすっかり朝食の用意が出来上がっていた。わたし何も手伝えてないね!なんということでしょう。


「なまえさま、お座りになって下さい。お魚が冷めてしまいます」
「あ、うん、……ちょっと待ってあなたご飯それ少なすぎじゃない?」
「…そうですか?いつもこのくらいですけど」
「いやそれは少ない絶対少ない。………また遠慮してます?」
「いえいえそのようなことは」


6分目くらいまでしかごはんのよそわれていない茶碗を取り上げて炊飯器に残ってたご飯を全部もりもりにしてやった。「ちょ、なまえさま!あのあの、確かにほんの少しだけすくなめによそいましたが!ですが!そんなには流石にわたくし食べません!」何か後ろであわあわ言ってるがあいにくわたしには何も聞こえなかった。


「どうぞ!」
「…ありがとうございます」


ポケモンでレッドさんがたたずんでいたシロガネ山よろしく、白米そびえる茶碗をにっこり笑って差し出すと、彼はひくりと口もとをひきつらせて、それを受け取った。うんごめん、確かにちょっとやりすぎた。昨日の残りの肉じゃがとしゃけの切り身とおひたしをおかずに無言で白い山を切り崩していく彼を見ながらちょっと反省した。男の人ならこれくらいいけるだろうと思ったけど流石にきつかったかな!でもちゃんと完食してたので問題なかったと思う。少し苦しそうだったけど。


「あ、ねぇねぇ、スウェットじゃ外いけないと思ったけどその格好なら外出できますよね。この後お買いもの行きましょう?」
「買い物でございますか?食材の買い出しでしたら平日わたくしがやっておきま、」
「いや食べ物もだけどあなたの物を少しそろえないといけないでしょ、お茶碗それお客さん用だし」
「わ、わたくしこのままでも結構でございます」

もじもじ居心地悪そうに膝へ視線を落としながら彼は客用のおはしを白い指で突っついた。しまった遠慮するだろうからこっそり買っちゃおうって思ってたんだっけ。けど言っちゃったものはしょうがないので、


「なんでそうやって遠慮するのかなぁ……家族にいつまでもお客さん用の食器使わせとくわけにはいかないでしょ」


耳まで真っ赤になった。ちょっと面白い。


「か、家族、ですか」


そわそわ両手の人差し指同士で手遊びしている。ペットは家族の一員だよね的なノリで言ったんだけどそう喜ばれると訂正しづらいな!彼は赤い顔のままふにゃっと笑う。これが噂のわんこ系男子か。イケメンは何をやっても様になるね。


「あ、あと洋服も揃えましょう。ぱんつとか」


ビシィ!って笑顔のまま固まって、彼の顔はゆでだこみたいに更に真っ赤になった。黙っとけばよかった。


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