「ノボリはたばこ、吸うんだ」

今さら何を言っているのかと思ったが、そう言えばこの子の前で煙を味わったことはなかった。半分出しかけた白い箱をもう一度ポケットへ押しこんで、煙の代わりに深呼吸をした。いけない、ついうっかりしていた。もう今度からは煙草を持ち歩くのは止めにしよう。会社のデスクの中だけに突っ込んでおこう。心に決めた。

「別に吸ってもいいのに。火、つけてあげようか」
「そうはいきませんね」

子供特有のふわふわした柔らかいほっぺたへ人差し指をついと押し当てて、丁重にお断りをする。

「レディーの前で自分だけ快感をむさぼるなど、みっともないと思いませんか?」

レディーだなんて、思ってもいないくせに!びーと舌を出してからあどけなく笑うナマエにこちらも微笑み返して、ポケットの中の煙草の箱を無意識に弄んだ。ナマエはもうすっかり幸せそうで、だから、あれ?その先の、何か大事なことを忘れているような気がした。何だったろう。その翌日、ナマエの学校の先生と、どこぞの児童養護施設の職員が自分たちの家へやってきた。ナマエの親は保護者として不適合と判断されたので、彼女はしかるべきところへ養子にやられるのだという。ナマエがただうちへ勝手に住みついていただけの関係であり、ナマエは家出していた人間であり、そしてわたくしは誘拐犯、という名前ではなく、ただの家出人保護者として処理された。

「な、なら、わたくしが正式にナマエを引き取ります、それなら問題はないはず、」
「しかしねノボリさん、あなたはまだ独身だし若い、そこへ養子を抱えていくとなると、恐らく大きな負担になりますから…」

ぶわぶわと引き延ばされた水あめみたいに急に景色が伸びて、全部遠くの出来事になってしまったかのような気分だった。そんな大人の事情なんかこどもに聞かせるな。ナマエの学校の教員は終始辛そうに眉をしかめていた。うまく動かせない眼球でナマエの姿を探したら、およそ子供に似つかわしくないような達観した、やけにあっさりした口調でこう言い放つ。

「そうね、誘拐はおしまいだね。バイバイノボリ」

そしてそれっきり、ナマエと会うことはなかった。



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