浮気論
そりゃあ顔の上等な女性だってたくさんいるけれど、それだけで人を好きになるわけではないと思うのだ。確かに世の中には容姿の優れている人にばかり惹かれる者もいようが(そして居心地の悪いことにどちらかといえばそれは男性に多い)、けして自分はその類ではない。と、思う。
「わたしの理想の人って言ったらわりと本気で童話王子タイプなんですけど」
「……何ですか童話王子タイプって」
「あれです、他にどんな美人が言い寄ってもゆらがずなびかずわたしだけを見てくれるような人です。派手系のお姉さんに今晩どーお?って言われてもごめんオレ彼女しか抱けねーんだわって言っちゃう感じの!そういうの!」
「はぁ」
「やっぱそういう人って幻想ですか?隙あらばもっと良い女捕まえてやるぜって思ってるもんなんですか?浮気は男の甲斐性ですか?」
「知りません」
えー、と唇を尖らせながら彼女はワイドショーの画面にまた視線を移した。最近注目の芸人だか俳優だかが、目に悪い蛍光色を背景に華麗なる女性遍歴を語っている。
「こういうのって、どうなの……いや別にほら、束縛がいいとか言ってるわけじゃないんですけど……仮にも恋人がいるってのに他の人に手出す、とか……ねぇ?」
「そうですねぇ。いけませんねぇ」
「ノボリさんもそう思いますよね!だめですよね、よくない人!」
しかめっ面でイーと歯を食いしばり嫌悪をコミカルに表現しつつ、彼女はぶちんとチャンネルを変える。「……ぬあー!ここもか!」映しだされた次の画面ではどうやら亭主が単身赴任中の人妻と宅配の男性による不倫中で、また眉をしかめて今度はスイッチを切ってしまった。「うわきは……よくない……浮気は……」ぶつぶつと虚ろな目で呟いているが、はて。彼女には自分の把握している限り、浮気されるような相手はいなかったと思うのだけれど。何にそんなに腹を立てているのだろうか、まさかワイドショーごときでここまで不機嫌になるわけもあるまい。
「どうしたんですか。彼氏に浮気でもされましたか」
「……わたし彼氏いませんけど」
「ええ、そうでしょうね知ってます」
「ノボリさんのいじめっ子!」
「何なんですか、浮気は確かにいけないでしょうけど」
「いや、あのですね友達がですね」
浮気してるんですってよ、とても深刻そうに、低い声で打ち明けた。彼女はいかにも大変に大きな秘密をばらしてしまったという顔でじいっとこちらを見つめてくるけれど、申し訳ないことに見ず知らずの人物の修羅場話をされたって大して興味は引かれない。どちらかといえば唇をきゅっと引き結んだまま珍しく真剣なその表情の方にぼうっとなってしまって、無言で数秒眺め続けていた。
「しかも、しかもですよ、彼氏の方も浮気してるって……!だからどっちもどっちだし別にいいって、そう言ってるんです……!」
「……ははぁ、類は友を呼ぶと聞くのにあなたのご友人はたいぶと奔放な方なのですね」
「奔放って言えば聞こえはいいですけどね!?」
ひっでーなぁー!わたし関係ないから何も言えないですけどねー!目元を腕で覆って背もたれに体を預けて、だらりとしながらぶつくさ文句を言っている。
「お互い好きだから付き合ったんじゃないのかなぁー、なのに何で浮気するんですかね?何で?」
「さて」
「そんな話聞かされたあとにあんたも彼氏作りなさいよとか言われてもどん引きですって」
「そうですねぇ」
ふよふよ漂ってきたシャンデラが甘えたようにつやつやした腕を首元へ絡めてくるから、相槌を打ちながらひんやりとしたそこへ頬を寄せる。「あは、いいなーシャンデラちゃん。仲良しですねー」シャンデラはぽわぽわと小さく火のかたまりを浮かばせて、嬉しそうにゆらゆら揺れた。彼女が手を伸ばすと、わたくしに絡めていた腕をするりと解いてそちらへ行ってしまう。「お?おぉ?わたしの方が好き?いいのかいシャンデラちゃん、それって浮気だぜ」あははーと笑ったまま彼女はつるつるしたガラス質の体を抱き寄せる。
「浮気とか……そういうの、やだし。好きだとか好きじゃないとか、そんな事に神経すり減らしたくないし。恋人なんか、いらないです」
しょんぼりしたその声に、そうですか、とだけ答えた。浮気なんかしませんし何なら一生飼い殺してくださっても構いませんよわたくしとお付き合いして下さいまし!だなんて冗談みたいなセリフが一瞬脳裏をかすめたが、馬鹿みたいだったので口はつぐんでおいた。