差別化を図ったらしい





「あれっ」


機内で眠れなかったのだろうか、時差ぼけのためかぐらぐら揺れながらわたしのお出しした緑茶を音もたてずすすっているインゴさんの金色の髪を少し離れたところでうっとりと眺めていたら、安っぽい蛍光灯にもきらきら輝いているその中に小さく灰色が見えた気がした。半目にしていたブルーの目を緩慢にこちらへ向け、インゴさんは低く唸ったような声を出す。「………hum?」わぁ、眠そう。「インゴったら、眠いのー……?」インゴさんの斜め右にどっかり座っていたエメットさんもゆるく下がっていたまぶたを持ち上げて彼の兄弟を見つめてから、仕方ないねーと言いたげに笑ってこちらへ視線を向けた。「なぁになまえ。あれぇって、言った。どうしたのー」エメットさんもなんだか眠たげ。ノボリさんとクダリさんが戻ってくるまでまだ15分くらいあるし、ちょっとくらい寝てても構わないんだけどなぁ。ぽんぽんとエメットさんが手のひらで自分の横を軽く叩いた。隣に座れということだろうか。スカートの裾に気を使いながらエメットさんの横にお邪魔する。外国のお菓子みたいな匂いがふわふわ漂っている。

「ノボリとクダリ、まだ来ないねー」
「マルチトレインが最終駅に到着するまでまだ時間あるんですよ。お待たせしてすいません」


ぺこっとソファへ座ったまま軽く頭を下げたら、オジギだ、ボク知ってるよーってにこにこ笑いながらエメットさんも頭をぺこりと下げる。ノボリさんの所作に似ていた。


「それでさー、あれって言ったの、なぁに。何かびっくりしたの?」
「あ、そう!そうです」


エメットさんとわたしの方顔を向けたまま湯呑みに口をつけていたインゴさんの方へぐるっと体を向ける。ぴくっと肩を跳ねさせてインゴさんはまた緩慢に口を開いた。「Me?」金色が一房かかっているとろんとした目は、眠気のせいで溜まった涙がブルーの瞳を溶けさせていた。うわー綺麗ー。


「あのあの、インゴさんの、……髪の毛が!」
「はい。ワタクシの、かみのけが」
「えっとー、金色で綺麗ですね!」
「Ah……ありがとうございます」


それで。きゅっと拳に軽く力を入れる。


「インゴさんって、ええと、その髪って」
「はい」
「そ、染めてるんですか?」
「Ha……!」
「うん、染めてるよー」


カッとそれまでの眠たげな表情から一転、眼球がぽろりとこぼれおちそうなくらい目を見開いてインゴさんは一瞬のうちに顔を耳まで赤くした。対称的にエメットさんは湯呑みを胸元で持ったまま、よくわかったねーなんてとろとろ笑っている。


「え、染めてるんですか?」
「そうだよー」
「何で?元の色は?」
「エー、だってブロンドの方がよくない?特にインゴ黒いし、服がさー」
「何ですかそれ!何その理屈!?」
「元の色はねー、ノボリ達よりは全然明るいけどー、灰色っぽい?かなー?」


ねぇー?軽い口調で白い彼が言葉を投げた先の黒金インゴさんは、いつの間にだろうか、黒い制帽をがっちりと被ってしまっていた。「どう、どうして分かったのですか。あー、染めていると……」もごもごと口ごもりながらぐいぐい引き下げた帽子の鍔の下から伺うようにこちらを見る。「んと、毛の根元のとこがちょっと灰色っぽかったので」「Oh my……」ぷすぷす音が出そうなくらい首まで赤くなった顔を隠して小さくインゴさんは丸まってしまった。もごもごとオーマイとかキディンとか何か呟いている。何だなんだ、恥ずかしがってるのかな。何がそんなに恥ずかしいんだろう。だってジャッジさんなんか青い髪の毛だしもっと奇抜な髪色の人なんかいっぱいいるじゃない?「エメットさんも染めてるんですよね?」くるっとエメットさんに向き直って聞いてみたら、そだよーって普通に笑っている。うん、別に恥ずかしいことじゃないよねぇ。


「な、なんでインゴさんあんなに赤くなっちゃってるんですかね……」
「あー、あれじゃないー?今日はねー、あのねー、髪結い処いく時間なくてねー」
「かみゆい……」
「うんー?髪結い処、いくでしょ?」
「美容院……?」
「うん?病院ちがうよー」


随分古い言葉を使うのだと思ったがまぁいいか。通じればいいんだし。スルーしておくことにする。「あれ、髪の毛をねー、切ったり巻いたり、それから染めたりするとこだよー」と頑張って説明してくれてるエメットさんにほうほうと熱心そうに聞こえて実のところ生返事である相槌を打ちながら、ちらりとインゴさんの方を見た。両ひざに肘をつき、その手のひらで口もとを覆っている。ちょっとカワイイ。顔の赤みも少し引いたみたいだ。


「最近はいそがしくて、時間が無かったのですよ。その、いつもは来る前に染め直しているのです。イッシュに来る前に」
「へぇー……?」


つまりいつもイッシュへ来る前には特に気合い入れて金色にしちゃってると。今回は仕事が立て込んでてうっかり染め忘れていたと。「普段からこの色だけどねー、でもイッシュ行く時はさぁー、やっぱカッコつけたいって言うかさー」サブウェイマスターにカッコ悪いとこは見せたくないと。なるほどねぇ、金と灰色のプリン頭は見せたくないってことか。だけど、「ほらねー?」って言いながら生え際を掻き分けて見せてくれるエメットさんの地毛を眺める限り、元の色だって綺麗な薄灰色だけどなぁ、染めてしまう必要性を感じない。


「インゴの黒い制服には金髪が似合うでしょー?ね?」
「えぇー……自分は?」
「ボク?うーん、白い服だから黒く染めてもよかったんだけどー、一緒の方がさー、統一性とか?あってよくないー?」
「えー」
「それにさぁ、ノボリたちと間違われるでしょ!灰色じゃ」
「うーん」


さばつかって奴だよーって笑ったエメットさんに、「差別化です」と今度はちゃんと訂正して、改めてきらきらする髪の毛を眺めた。うん、綺麗。でもちょっと地毛も見てみたいかも。インゴさんも既に頬の赤みは引いていた。目だけが羞恥の名残みたいな涙でブルーに溶けている。うん、こっちも綺麗。


「ちなみにこれさー」
「はい?」
「あ、エメット!」


少し焦ったように隣に移動してくるインゴさん。サブウェイボスでサンドされるとは両手に花である。なんだなんだ。お茶が入ったままの湯呑みは、移動には危ないと判断したのかテーブルに置いたらしい。インゴさんえらい。


「インゴの目さ、見てみて」
「インゴさんの目?ですか?」


振りかえって見上げると、帽子を外したインゴさんのきょどっとした視線が降ってくる。蛍光灯の灯りを通すライトブルーが綺麗だ、とても。「Ah……エメット、言わなくてもいいでしょう?」「別にいいじゃないー?」ふわっと甘いような香水の匂いがする。嗅ぎ慣れない、甘い匂いだ。外人さんだなぁ。エメットさんの匂いとは少し違う。


「あのねー、目もね、カラコンだからー」
「うっそ!」


ビクッ!インゴさんの体が跳ねるくらい大声を出してしまって、あわてて自分の口をぱふっと覆った。「え、カラコンなんですか?目、見ていいですか?」「ど、どうぞ……」膝立ちして、上から彼の瞳をじいっと覗き込む。……うーん、カラコン……?よくわからない。ぱちぱち、まつげまで色素の薄いインゴさんはまた恥ずかしがっているやら、頬をピンクに染めてきょろきょろ視線をあっちこっちに飛ばしていた。


「……外して見せましょうか?」
「はい!」


興味津々のわたしへ、諦めたようにふっとこぼして顔を伏せると白い指先で青色のコンタクトレンズを外す。数回瞬きして目を閉じたまま高い鼻梁を軽く揉んで、「はい、どうぞ」開いた瞳は薄く緑を帯びた灰白色だった。蛍光灯の灯りを反射させてきらきらしている。


「……なんだ、青ーい。きれいですね」
「なまえ、それブルーじゃなくてグリーンだよ。やっぱり見分けつかないの?」
「……信号のこと言ってます?いいんですよ、こっちじゃ緑とかも青に大別されるんです!」
「えーゼッタイおかしいってそれー」


インゴさんはコンタクトを人差し指の先に乗せたまま両手で顔を覆うと、また首までピンクになって恥ずかしがっていた。





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