クダリさんマジ天使





クダリさんはここ、ギアステにおける地下の天使とこっそりファンの間で称されるような、とびっきり可愛らしい人だ。花のようにふんわりとした雰囲気も春の午後みたいなあったかい笑顔も、休憩時間になったら美味しそうにお菓子をつまむ仕草も、誰もいない(と本人は思っている)ホームのすみっこでこっそりスキップしてる様子も、全部が全部愛らしくて、一層周りの人たちの保護欲を誘う。いつだってにこにこと笑って周囲にふわふわのオーラを撒きちらしているクダリさんは、それこそ本当に天使みたいな人である。白くて細っこい指はちょっとの力でもすぐ折れてしまいそうで、挨拶のようなハグを受けた時も、まず真っ先にクダリさんの骨がぽっきりいってしまわないかを心配したくらい。彼の動きに従って揺れるコートからは、いつも甘くていい匂いがしていた。
だから、わたしは考えてもいなかったのだ。この可愛くて庇護欲をそそって天使みたいなクダリさんが、わたしなど簡単に捩じ伏せてしまえるような、あたりまえの男性だということすら。


「じっとして……なまえじっとしてて」
「い、いやだ、嫌です」


後から後から途切れない涙を拭こうとしてごしごし目をこすったらすっかりひりひり赤くなってしまって、ひりひりひりひり涙で痛むそこに、あぁ明日の朝が憂鬱だなぁとしゃっくりに混じらせてため息をひとつついた。この分では間違いなく腫れてしまうだろう。だけれど今、目下のところは明日の瞼の状態など気にしてはいられない状況、いかにしてクダリさんをどかすかを考えなくてはならないのだ、しかもなるべく迅速に。


「待って、違うの、なまえに酷いことしない、でも僕がどいたらなまえ逃げちゃうでしょ」
「逃げない、逃げませんからぁっ」


逃げないというわりには脚をばたつかせ必死でクダリさんの下から這い出ようとする馬鹿みたいなわたしを、彼はどう見ているのだろうか、じわじわ視界をゆがませる涙のせいでクダリさんの表情が天井の蛍光灯の白とぼやけてまじってよく見えない。それくらいわたしはみっともなく泣いてしまっているらしい。情けない。ごしごし目元をこする手をそっと掴んで彼の胸元へ引き寄せられる。「あぁもう、ほら、赤くなっちゃって…痛いでしょ」「どっどこも痛くな…」「嘘つき、うそ、うそ」手袋を外したクダリさんの大きくて綺麗な手で目尻を攫われる。思わず目をつぶったらくすくす、って静かに笑う声がした。悪趣味な。


「すぐ終わる。痛かったらほら、クッションぎゅううってしてるといい」


ぽすん、わたしの頭の方に置いてあったソファ備え付けのクッションをお腹の上に乗せられる。ひきつった顔で彼の顔を見返したら、眉尻を下げて困ったように微笑まれた。「なるべく、痛くないようにするよ」パキッ。プラスチックキャップの開く微かな音が響いて、あぁもうダメだってわたしは観念しクッションを抱き締めそこに顔をうずめ、それから数秒もしないくらいで、膝に酷い激痛が走った。


「ッ…………んぎぃぃぃぃぃぃぃ!!いたぁ、いたい、いたいぃぃぃぃ!!痛い痛い痛いー!!!」
「あーだめだこれ砂利いっぱい入ってる、痛そー」
「やだあぁぁぁぁぁ!!いだっ………いぃぃぃぃ!?ぐりぐりしないで下さ、イ゛ィ゛ッ!?痛い痛い痛いですクダリさッ、あぎぁぁ!!」
「暴れちゃダメ」


クッションを放り出して逃げだそうとしたがソファから腰が浮くか浮かないかのところでクダリさんの長くて見た目よりずっとがっちりしている腕につかまった。嘘でしょこのモヤシ案外筋肉あるじゃな痛い痛い痛い!!クダリさんは滅菌水を含ませたガーゼで傷口をぐりぐりする度に痛みで跳ねるわたしの脚と体を難なく押さえつけ治療と言う名の暴力を続行した。


「ぎぁぁぁ離してー!!」
「んー……まだちょっと残ってるかなぁ。もう少しだけ我慢できる?できるよね、なまえはいい子だもんね」
「いやちょっとくらい砂利残ってても気にしないんで、今日お風呂入る時とかに流すんで、もうい……ぎぃぃぃぃぃぃ!?」
「じたばたしないで、暴れたら余計痛いよ、僕に任せてじっとしてて…」
「あっ、なに笑ってん、痛ッ!痛い!痛い痛い!」


くすくすと普段だったら天使みたいにも見えるような極上の笑顔をこぼして、クダリさんはぎゅうとわたしの上半身を抱き締めた。…もちろん、わたしが暴れないようにである。すぐ近くで聞くと少しだけ喉のあたりでごろつくようなクダリさんの笑い声に一瞬気を取られて、「い゛ぃ゛ッ!?」やっぱり次の瞬間ぐりっと傷口をえぐる痛みを与えられた。痛いって痛いってほんと痛い!


「いたい……いたい、いたいぃぃぃ……」
「ん、よし綺麗になったよ。あとはこれ、大きいの買っといたから、貼っとこうね」
「うぅ、うぅぅぅー…」
「もう、なまえったら!子供じゃないんだから怪我したくらいで泣かないの!」
「ちがっ、ク、クダリさんのぐりってするのがぁっ、」
「よしよし、痛いのはやだよね、頑張った頑張った」


ぽんぽん、って頭を二三回軽く叩かれてからぎゅうってだっこしてくれて、クダリさんの襟元からふわふわって甘い香りがして、それで少し安心した。随分乱暴な治療だったけれど、砂利も入りこんでたっていうし、仕方なかったんだろうきっと。ぐすっと鼻をすすったらまたくすくす笑う気配がして、呆れられてるんだと思って身を離そうとしたけどぎゅううって結構強く抱き締めてくれてるクダリさんは引きはがせなかった。


「…もう怪我しちゃダメだよ?」
「うー、はい」


ひそひそって耳元で囁くみたいなクダリさんの声で、もしかしたら彼は心配してくれてたのかもしれないなぁと思った。自分じゃよくわからなかったけど、コンクリートの上でずっこけたわたしをクダリさんはすぐさま抱え上げてここまで連れて来てくれたし、随分派手なすっ転び方でもしてしまったのかも。


「次転んだらもっと痛くする」
「嫌です」
「僕すっごく本気」


ぎゅーとひときわ強く腕に力を込められたあと(背骨のあたりがポキッていった)、クダリさんは少しだけ身を離す。わたしを抱える腕を左手一本にして、自由になった右手でふにっとわたしの下唇を押さえつけた。


「悲鳴出せないようにちゃんと口も押えててあげるから、」


ね。ぺろりと自身の唇を舐めて湿らせるその仕草はまさしく妖艶、肉食獣じみたギラつく光が瞳にたたえられている。………誰だ、こんなのを天使だなんて呼んだやつは。エンジェルスマイルの欠片もない。





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