もうあなたが恋しくなってきました





空高く抜けるように青い青い空と、そこに浮かぶもこもこでくっきりとした雲を背景に、いつも通り真っ白なコートをひらめかせてクダリさんが泳いでいた。もったりとした水でもかいているように腕をゆるゆる動かして、魚みたいに彼が青い空を泳いでいるのだ。手を目の上にかざして見上げると、高く遠いその彼は実に穏やかな笑みを浮かべているのがわかった。くるり、身をよじって回った体に従いコートも緩慢にひらめく。きらきらした太陽の光が白いコートで反射して目に眩しい。すい、すい、彼が腕を動かすたびにひらひらゆるやかに波打つ裾をみて、まるで子供のころ、夏祭りで掬った金魚みたいだなぁと思った。色は全然違うけど。すい、すい、すい、白く輝いていてもしも持ちあげたら重たそうなくらい重量感のある雲の隙間を縫ってクダリさんはゆっくり泳ぐ。彼の姿と太陽が重なったところで、見上げるわたしにクダリさんの濃い影が重なった。すい、すい、すい、すい、彼の影はわたしの上を一瞬通過して、そしてそのまま熱いアスファルトの上をまた進んで行ってしまう。クダリさんはわたしに気付かないで、夏のからっとした空気の中を泳いでいく。何だかそれが寂しくて、どうしてか手に持っていたねずみ花火を空中に放り投げた。無音でしゅるしゅると空を昇っていくふたつの花火はクダリさんのところまで辿りつくと、ぱちぱちした光の粒をまきちらして彼のまわりを回った。夏の強い日差しの下では目立たない光だろうに、クダリさんはねずみ花火に気付くと、それを眺めながら楽しそうにくるくる宙返りしていた。カラフルな光の粒と遊んでいたクダリさんと目が合う。ぱちり。遠いけど彼が心底嬉しそうに笑ったのが見えた。それでわたしはやっと安心して、彼に向って微笑んだ。そこで目が覚めた。




みんみん蝉の鳴き声が、開け放した障子から夏の空気と一緒に流れ込んでくる。畳から身を起こしてあたりを見回す。汗をじんわりかいたうなじに髪の毛がへばりついて鬱陶しい。お盆に乗せていたカルピスはもうすっかり浮かべていた氷も溶けて、水っぽいところと味の濃いところの二層に分かれてしまっている。ガラスコップから伝い落ちた結露で盆に水たまりができていた。ちりん、とどこかで風鈴の音がした。ジジッと最後の声を上げて、蝉の一匹が飛んでいく音。それでもまだまだ周囲にはみんみんと蝉の声が飽和している。寝起きの頭を軽く振ってから、またぺそりと畳に転がった。深い軒先の、その張りだした屋根越しに眺めた空は、とてもとても高くて抜けるように青かった。こつん、どこかその辺に転がしていたライブキャスターが腕に当たったので、ずりずり引き寄せて画面も見ずに電話をかける。数秒のコールのあと、すぐに繋がった。


「もしもし?なまえ?どうしたの?」
「…いまって仕事中でしたか?」
「ううん、休憩中だよ。どうかした?」
「別に…どうもないんですけど」
「君から僕に電話なんて、珍しい」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………なまえ?まさか寝ちゃった?」
「………クダリさんの、ゆめを見ました。ゆめの中にまで出張してこないで下さいよ」
「僕?」
「そー、です、よー」
「ふふ、そう………ちょうど君のこと、考えてたからかなぁ」




顔が見れないからわからないけど、彼がとても嬉しそうに微笑んだ気がした。



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