愛し方を忘れてしまったよ





さて、久しぶりに会えた彼女へ、一緒にいられなかった時間の分までたっぷり愛を囁こうと思っていたのだが、実に2週間ぶりに見たその顔を前に、どうしてだか体がうまく動かなかった。はて。彼女は二週間前とほとんど変わっていないし、強いて言えばまぁ若干痩せたような気がしないでもないけれど、もちろんそんな瑣末なことが違和感の正体ではないことくらいわかっていた。かといって自分の心が変わったのかといえばそうも思えず、相も変わらず彼女のことを愛していると自信を持って言える。はてはて。以前の自分はどうやって彼女に愛を伝えていたのだったか。少しだけ混乱気味のわたくしの顔を見て、なまえも若干不安げに眉をひそめた。


「ノボリさん?」
「なまえ……」


お変わりありませんでしたか?お久しぶりです。少し髪が伸びましたか?幾分痩せましたね。あとは何と言ったらいいのだろうか、どの言葉をかけるのが正解かわからないし、全て間違っているような気もする。あぁ、こんな時なんて言ったら良いのだったか。出そうとした言葉が喉の奥で止まってしまって、行き場を失ったため息が唇から重苦しく吐き出された。言いたい事はたくさんあるはずなのに、ぼんやり霧がかった場所にいるみたいに頭がうまく働かない。ざらついた音に絶え間なく聴覚が犯されているようでもやもやした。なまえの姿を中心に、世界がくるくる回っている気がする。遠心力に思考まで引っ張られそうだ。


「……あなたに会ったら話したい事がたくさんあったはずだったんですが」
「はい?」
「あなたに会ったら全部忘れてしまいました」
「あらら」


じゃあせめてただいまって言ってくれません?と微笑んだ彼女に向かって思い出したようにただいま帰りましたと一言、ぐるぐるした世界のまま呟いた。わたくしのその言葉を聞いた途端に破顔してなまえはお帰りなさい!と抱きついてくる。胸にぎゅうぎゅう擦り寄ってくる彼女の背中に腕をまわしてこちらもぎゅうぎゅう抱きしめ返す。その髪からふわっと香ったのは彼女のシャンプーの匂いで、まわした腕に感じるのは彼女の柔らかさで、ワイシャツ越しのこの胸に感じるのは彼女の温かさで、それ全部を認識してやっと世界が回転を止めたみたいに静かになった。


「会えなくて寂しかったです……」
「えへへ、わたしもです」


すりすり心臓のあたりに耳を寄せているなまえにおくる言葉は相変わらず見付からないけれど、言葉が見つからないならそれはそれ、他の方法で愛を伝えればいいのだと思う。抱きしめたりキスしたり撫でたり頬ずりしたり、きっとあなたならちゃんと受け取ってくれるんでしょう。なまえの顎を右手で持ちあげて唇をくっつけるだけのキスをしたら、彼女は嬉しそうに笑っていた。またわたくしが愛し方を忘れてしまったら、そのときはこうやってもう一度抱きしめて下さい。



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