切望する心音





いかにもそれは平和主義な考えですね、とインゴさんは小さく笑った。人間の言う言葉の意味を理解して人間の思うように考え行動出来るロボットは心を持って、やっぱり人間みたいに恋をするんだと語る、そんなファンタジーを読んでいた時のことである。ワタクシの国でしたらそんな高性能ロボ、軍事目的に使われて終わりでしょうねだなんて随分夢のない事を言う。ロボットにこころは認められないのかと聞いたら、そもそもロボットに感情など芽生えないのだって。まったく夢のないことだ。わたしより幾分平熱の高い体、その胸元に頭を預けて、少しだけ傾いた視界のまま読書を再開する。髪を撫でるインゴさんの指を感じた。唇がつむじに落とされる感覚がある。ちゅ、ちゅ、リップノイズをかすかに響かせながらすりすりと彼は身を寄せてきた。読んでいる途中だったペーパーバックをしおりも挟ませず取り上げられて、柔らかい水色のソファにゆっくり体を押しつけられる。じっと覗き込む瞳が綺麗だ。垂れる柔らかい前髪を白い指でかきあげながらインゴさんは熱っぽい目で見つめてくる。上質なコートから香水の香りがふわりと立った。痛くないが逃がしてはくれない力加減で腕を掴まれる、そもそも逃げる気もないのだけれど。


「なまえ、ワタクシもここで生まれたかった」
「……こっちに住んだらいいんじゃないですか」
「ふ、そうできたら、いいのですけれど」


ね。言葉の外側に紛れ込ませるように、インゴさんは含みのある声音で息を吐いた。ガラス製のローテーブルにぽいっと置かれたペーパーバックをぼうっと眺める。彼らにとってロボットは、もしかしたらあの本みたいに、物と同じようにしか見えていないのかもしれないな。いかにもそれはありそうな話に思えた。ロボットに感情など芽生えないと、彼の言葉がほんとうにそう信じられているものだったらね。そりゃ、ノボリさんみたいに、蹴っ飛ばしてしまったゴミ箱に思わず謝ってしまう人になれとは言わないけれど。わたしの鎖骨あたりに鼻先を寄せて目を閉じているインゴさんを見下ろした。色素の薄い綺麗で長いまつげが頬に影を落としていて、芸術品みたいだった。整った顔立ちは完璧で非の打ちどころがない。


「なまえ、ロボットはね、恋なんかしないんですよ」
「…そう……」


誰にその言葉を向けているやら、インゴさんはその綺麗な瞳を閉じたままくり返した。恋なんかしないんです。わたしの胸元に額を押し付けてるせいでくぐもった声は、なんだか泣きそうなトーンだった。よしよしと撫でる頭は香水の匂いと、それから微かに機械油みたいなにおいがした。恋なんかしないんですよ。ため息をつくように囁いた言葉は、本当は誰に言い聞かせているのだろう、わたしは彼のノボリさんをみる目が心底羨ましそうな色をはらんでいる事を知っている。



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